ワンナイトモア/*Optimus
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お…、お、終わったーー…っ!!
セルに最後の数字を入力すると、割り振られていた分の仕事が全て終了した実感が一気に湧いてきて、思わず無言でサッとバンザイしてしまった。
後ろの通路を歩いていた同僚に両腕が当たりそうになり嫌な顔をされてしまったので、慌てて手のひらを合わせて謝ると、彼女は数秒後に「仕方ないなぁ」とでも言いたそうな顔で口角を上げていた。
それは、2週間にも及ぶ繁忙期に翻弄される日々を送ってきた中で、いち早く仕事を終えた戦友を、晴れやかに送り出さんとする表情だった。
フラフラと自分のスペースに戻っていく同僚から視線を外し、オフィスの奥、ボスのデスクへ顔を向けると、同じく寝不足な顔をした彼も、やつれた顔をしながらにっこりとサムズアップをしてくれた。
帰って良しの合図である。
パソコンをシャットダウンし、荷物を音速でまとめ、「お疲れ様でしたぁー!」とオフィスを去る私の速さを見てきっとここにいる誰もが目を丸くしていただろう。
会社随一、ぼんやりした性格の社員と名高い私が魅せる動きに口をぽかんと開ける者もいたかもしれない。
激しい空腹を前に、どんなマイペースな人間だろうとこうならざるを得ないはずだ。
仕事中は忙しすぎて、コンビニで買った固いカロリーバーを片手間に咀嚼したり、苦いコーヒーで目を覚ますことくらいしかできずまともなご飯にありつく事ができなかったから、今すぐになにか胃に入れたくてしかたなかった。あとお酒。
仕事納めには甘いカクテルで自分を労うと決めているのだ。
廊下で人にぶつからないように気を付けて街に出て繁華街方面に急ぐと、夜のネオンが輝くメインストリートが私を歓迎した。
会社の周辺は治安がいい事で有名で、女1人でも仕事終わりに飲みに行ける環境が何気に自慢だったりする。他の街ではこうはいかない。
事実、私は週に2、3回(繁忙期以前)のペースでここへ来ているが、ドラッグの取引は愚かスリの現場に遭遇した事なんて一度も無かった。
個人的には日本食の店が並んでるから治安がいいのかな、なんて思っている。偏見。
赤い光をぼんやり灯す提灯をつけたチャイニーズレストラン…ではなく、その隣の隣にあるバーの看板を潜る。
ドアベルの乾いた音が2回すると見慣れたバーカウンターと、小さなテーブル席がいくつか用意された店内が目に入った。
カウンターの向こうでグラスを磨く店主のカジュアルな雰囲気が、家具やその配置からも伝わってくるようだ。
金曜なのも相まって席はどこも埋まっており、店内はジョッキをかち合わせる音や、酒気を帯びた客の陽気な笑い声で溢れている。いつもみたいに静かに飲むのは早々に諦め、相席でもしようと店内を見渡す。
きれいな長方形型のホールに視線をさ迷わせて、ふと、右上の奥まった位置にひっそりとある、2人がけのテーブル席で飲んでいる人物が目にとまった。
壁に背を向け、こちら側を向くように座った青い髪の男性だ。
(モデルさんかしら)
テーブルの上で汗をかいているビールジョッキはひとつだけ。誰かと来て、席を外されている、という訳でもなさそう。
並々と注がれたビールの水面をじっと見つめる瞳の色は澄んだブルーでとても綺麗だったが、その双眸が埋め込まれている彼の顔面が雑誌に載っていてもおかしくないくらいに整っていたので、思わず釘付けになってしまった。
映画の撮影でもしてるんじゃないかと思い、注意深く様子を伺ったが、カメラマンや監督らしき人はいない。
背がピンと伸びているのもあるけど、座っていても長身なのがわかる。
逆三角形の胴体から伸びる長い両腕には、身長に見合う大きな手が繋がっており、その両手は膝の上で畏まったように乗せられている。
…まるでバイトの面接に来た人みたいだ。
あんなにかっこいい人の前に、メイクがよれた状態で相席するのは気が引ける。けど他に座れそうなところがある訳でもない。
少し考えを巡らせた後にふうっと息をついて、私は仕方なくヒールで床を鳴らした。
「こんばんは。相席いいかしら」
彼の目の前に立つと、伏せられていたまぶたが持ち上げられた。
50cm四方のテーブルを挟んだ至近距離で顔を突き合わせると、彼の顔の良さを改めて思い知る。
ワイルドなイケメンというよりかは、シックで美麗なハンサムって感じ。なんだか後ろに後光が差してる気がしてきた、眩しいっ。
「構わない、どうぞ」
すくっと立ち上がった彼の頭が一気に上の方に移動して驚く。180…いや、190cm以上はありそうだ。
服の上からでもわかる、スラリとしつつ程よく筋肉のついた巨体が目の前に立ちはだかったので固まってしまったが、彼が向かいのイスを引いてくれたのだとわかると強ばっていた肩の力が抜けた。紳士的な人だ。
「どうもありがとう。私、クインって言うの。あなたの名前は?」
「…オプティマスだ」
「そう。よろしくねオプティマス」
変わった名前だと思ったが、初対面の人にそんな失礼なこと言える訳がないので、机の上に手を差し出すことで誤魔化すことに成功した。
硬い手と握手を交わすと、声をかけても良さそうなウェイトレスさんがちょうど通路を通り掛かったため、フィッシュアンドチップスと適当なつまみ、アップルショコラのカクテルを後払いで頼んでおいた。
私のオーダーを取ってすぐに他のテーブルへ走り去っていったのを見て、少し前まで同じようにあくせく働いていた自分を重ねて見てしまった。
ウェイトレスさんはガヤガヤと賑わうホールの中へ消えていった。
「それで…。オプティマスも仕事終わりか何か?」
料理が来るのをただ黙って待つのも退屈なので当たり障りの無い話題を振ってみる。
「まあ、そんな所だ。口振りと顔のやつれ具合からして君も同じらしいな。……あ、すまない。女性相手に失礼なことを言ってしまった」
「気にしないで。化粧が落ちてようが落ちてなかろうが、最初からやつれてるように見えるのよ、メイク下手だから」
軽く笑い飛ばしてみせると、オプティマスも安心したように微笑んだ。笑った顔は案外可愛らしい。イケメンのこんな顔、心臓に悪い。
そのタイミングで、時間のかかる揚げ物より先に、ドリンクとナッツ類の乗った皿が運ばれてくる。
ブラックチョコレートのリキュールが溶けだし、紅茶のような色合いになっているロンググラスを持ち上げると、私はそれを前に突き出した。
「お互い仕事お疲れ様ってことで、乾杯しない?」
「いいな。是非そうしよう」
「行くわよ!チアーズ!」
「チアーズ」
ガラス同士がぶつかる甲高い音が鳴ると、お互い酒を口に含んだ。
ちんまりとしか口を濡らさなかったオプティマスとは反対に、スッキリした味わいというのも手伝って、喉の乾きが限界だった私は一気にごくごくとグラスを傾けてしまった。
グラスの中身が8割減っているのを見た後、お腹に何も入れていなかったのを失念していたが、まあこの後はセーブして、飲みすぎなければ酔い潰れるなんて事にはならないでしょうと自分に言い訳する。ミックスナッツおいしい。