夜、独白/ウルトラマグナスorマイスター
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「こんな遅くにごめんなさい……」
《クイン》
虫の声さえ聞こえない夜の闇。
他のサイバトロン戦士たちはスリープモードに入り、或いは私のようにのんびりと余暇を過ごしたり、はたまた夜遊びに出かけでもしているのだろう。基地の中は水を打ったように静まり返っていた。
そんな私の部屋の扉へ、小さき客人がひょっこりと顔を出したのは、何かのっぴきならない理由故だと察し浮ついた気持ちがサッと切り替わる。半身を乗り出した彼女の目元は赤く、雑に拭ったらしい涙の跡はまだ乾ききっていない。
私は何も言わずに体の向きを彼女の方に向け、腕を広げる。黒目がちな瞳の彼女がとぼとぼと歩み寄る姿は愛らしい小動物を想起させた。
かしずいた私の膝の上に、前のめりにぽてんと凭れた彼女を傷つけないように、潰さないように指先だけで器用に背中をさする。すると途端に、彼女の背が小刻みに震えだし、私の膝の上は涙で濡れた。錆びる事への心配など二の次だ。嗚咽を噛み殺す彼女を見下ろす私の胸中はなんとも複雑なもやで立ち込めていた。
《何があったんだ?》
引き攣った声ですすり泣く彼女が落ち着いた頃合いを見て、諭すよう声色でなるだけ優しく問うた。
顔を伏したままの彼女は、か細い声でぽそぽそと語り出す。聴覚センサーを最大に設定しなければ到底聞こえない、蚊の鳴くような声だった。
「私は……っ、あなた達になにも、してあげられない………。ダニエルやスパイクさんみたいに、助けてあげられないの……」
私は驚きで目を見開き、しばらく(とは言っても瞬き1つ程度だが)硬直してしまった。
確かにクインは、スパイクやダニエルほどメカに精通しているわけでも無ければ、彼らほど怖いもの知らずというわけでもない。
しかし私をはじめとしたサイバトロンの面々はそんな事気にしたこともないし、むしろ彼女特有の能力を認めてさえいる。
紅一点のアーシー以外むさ苦しい男しかいないサイバトロンで、優れた対人能力を有した彼女は、私たちにとって大きな助けとなっていたからだ。
サイバトロンシティ建設中や、地球出立チームの準備を進める現在の生活の中で、それは顕著に現れているように思う。
物腰が柔らかく、コミュニケーションにおいて傾聴を重視している優しい彼女だからこそ、皆心を開いて素直になることができ、チームワークが円満に稼働しているのだと。
それにこれは彼女だけの特殊能力なのかもしれないが、クインが笑うと、人間やサイバトロン戦士たちは例外無くその笑顔に戦意を奪われてしまうのだ。
仲間同士とはいえ、血の気の多い連中は目を離すとしょっちゅう殴り合いの喧嘩をおっぱじめる。だから、それを仲裁する私のような立場の者は彼女に心から感謝し、喧嘩をしていた当事者達でさえも彼女のその能力に一目置かざるを得なかった。
控えめながらもサイバトロンの調和に一役買っている彼女。
その弾けんばかりの笑顔が絶やされることが無いのは、クインが自身の能力を信じ、みんなからの信頼を理解しているからだと思っていた。
まさか、そんなふうに考えていただなんて。
自分の無力感に対する絶望は、体の大きな私たちでさえ堪え、癒すことに長い時間を要する。それでも癒えないことだってあるのに。
彼女はこんな小さな体の中に一体どれほどの不安を、絶望を、抱え込んで歩いて来たのだろう。
(たった一人で……)
このままにしておく訳にはいかなかった。彼女が自分の能力を疑ったままでいるのは納得がいかなかった。
私は悔しさで引き結んでいた口を開いた。
《他者と比較して劣等感を感じてしまうのはよく分かる。しかし君は、君が思うよりずっと、目に見える以上の魅力があるんだ。スパイクやダニエルのような特別な力は君にもある。クイン、君はよくやってくれている。大丈夫だ》
彼女の嗚咽が少しづつ少なくなり、代わりに鼻をすする音がしだす。どうやら私の励ましは届いたようだ。
《そんなに目をこすったら、明日大変なことになってしまうよ》そう続けようとして、彼女が息を吸いこむ気配がしたので慌てて黙った。
「……そうは思えないよ」
自信なさげな震え声。
しかしここへ来た時よりは若干明るい声色が混じったそれにほっとしながら、私は力強く答えた。
《自分を信じられないのも尤もだ。…だが、私の目を見てくれクイン。少なくとも私は君の力を、君を信じている。この目が嘘を言っているように見えるかい?》
私の言葉を受け、潤んだ瞳がそろそろと私を見上げる。
その視線と私の視線が交差した瞬間、バチリと電気を流されたような錯覚に陥った。
一定のリズムを刻んでいたスパークが大きく跳ねるのを皮切りに、全身に巡るオイルが早鐘と全く同じテンポの脈を打ちながら循環している。
クインの鼻先や耳は泣きすぎたせいでほんのりと紅潮しており、まるで雪の中を彷徨い歩いた後のようだった。
膜を張った涙に集束された光で煌々ときらめく瞳は、遥か昔にセイバートロン星で見上げた宇宙の星々のようでどうしようもなく美しい。今すぐ手に入れてしまいたいほどに。
「……そっか。それなら、あなたが信じてくれてる私をこれ以上疑うわけにはいかないよね。ぐすっ、励ましてくれてありがとう」
最後に1度鼻をすすった彼女は、親指で涙を拭うといつもの調子を取り戻しはじめた様子で言って、笑った。
けれど悲しみの余韻が残留したまま笑うものだから、彼女の笑顔は不完全で、困り笑いみたいになっていた。
……中枢部に閉じ込めていた感情が、溢れんばかりの愛と嬉しさが怖くなって、私は彼女を包み込んで、これ以上彼女を見なくて済むようにした。私に彼女は眩しすぎる。取り繕う為に咳払いをした。
《なに、これくらいお安い御用さ。緊急事態でもない限り、私はいつでも君の話し相手になる。また話したいことがあったら、何でも気軽に話してくれ》
「うん。ありがとう」
私の行動を抱擁の真似事だと勘違いしたのか、クインが手の内側から私に抱きつくようにピッタリと体を寄せてきた。
私の考えている事も知らずに、純真に寄り添ってくる彼女に罪悪感から来る酷い目眩に襲われてくらくらとした。
だが本能だろうか。私の手は満足するまで決して彼女を解放しようとはしなかった。
彼女がたくさん悩んで、困って、絶望して、泣いて、苦しんで、もがいて、悲しんで、この世に存在する全ての負の感情に苛まれてしまえばいいと、願ってしまった。
そうすればきっと、クインは今回のように私のことを頼ってくれる。
他の誰でもない、私だけを。
最初は彼女の傍に居られるだけで十分だったのに、共に過ごす時間が長くなる度に私の欲求はどんどんと膨れ上がり、常に彼女の愛に飢えるケダモノになってしまった。
彼女が誰にでも分け隔てなく愛情を振りまく度に、激しい独占欲と怒りと嫉妬のままに暴れ狂い、彼女を傷つけようとする、凶悪な怪物に成り果てて。
これ以上はダメだとわかっているのに歯止めが効かなくなっていくのが気持ち悪いほど気持ちいいのだ。
白いページに黒いインクが染み込んでいくように。ゆっくりと、理性や自制心が塗り潰されていく。
私は少しづつ、自身の中で飼い慣らしていたはずの怪物に侵食されて、我を忘れていく。
その先に待っている彼女との関係性を、私の変わり果てた姿を、想像するだけでとてつもない恐怖に襲われる。
彼女を傷つけるようなことはしたくないと思う度、ああ、私にはまだ救いがあるのかと、カンダタに垂らされた1本の脆い蜘蛛の糸のような手綱にしがみついているけれど。
薄氷を履むような危険な賭けはいつまで持つものなんだろうか。
「なんかこの中、温かい。安心する」
私の指に頬擦りをしたクインにヒヤリとするが、彼女がメカにも、私たちの体の仕組みにもスパイク達ほど詳しくはないことを思い出して落ち着きを取り戻す。
《そうかな。自分ではよく分からないよ。どうする?今夜はもうずっと、このままこうしていようか》
「ふふ、さすがに悪いから大丈夫。でも気持ちだけ受け取っとく。ありがとう」
ころころと笑う彼女を安心させている熱が、欲望と良心の葛藤から生まれたオーバーヒートのせいだなんて、悟られるわけにはいかなかった。
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fin.夜、独白
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