君と地獄に行きたかった/※+Smokescreen
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《ねえ、もし……》
勇気をだして重たい口を開いた私は、手すりから身を乗り出して街を見下ろしていた恋人が呼び掛けに振り向いて、唇で弧を描く姿に見惚れて言いかけた言葉を思わず飲み込んでしまった。
目が合って、彼のオプティックが訝しげに細められ片眉があげられる。そうすると、彼の青い光はまぶた越しにうっすらと透けて見えるようになる。
仕草も、淡い光も、その柔らかく続きを促す顔も、彼の優しさを表してるみたいで酷く愛おしい。
《ん、なんだよ?》
《あ、うん……。もしもの話だよ。私が死んだらどうする?》
《唐突に嫌な質問するなあ……》
私は忘れかけてた言葉を慌てて引っ張り出して、極力なんでもない様な表情を取り繕って彼の返事を待つ。
もう生まれてから何百年も経つんだから、悪夢で不安になるなんて大人気ないとは思うけれど。
真っ白い夢の中で青いオイルを撒き散らして、瀕死で這いつくばった私を置いてずんずん進んで消えてしまったスモークスクリーンの後ろ姿が、何を考えたって忘れられなくて。
彼がそんなことするわけないとわかっていても、もし現実で似たようなことが起こったらと考えると怖くて、不安でしょうがなくて。
こうして一日のはじめに会う約束をしていた恋人に、大人のフリをしながら恐る恐る尋ねたくなってしまったのだ。
2人でエネルゴンを食べた後は寮を出て、このサイバトロンの街並みを見下ろせる高層ビルまで競走するのが、私たちの非番の日のデートの始め方。そして、この高層ビルは私たちの非番の日に限って必ず空いている。
強がりで見栄っ張りな私にとって自分の弱さを隠す鎧が剥がれ落ちそうになるような話をするには、2人きりの空間であることは絶対的な必要条件だった。
いつものヘラヘラした顔を引っ込めて考えだした彼の立ち姿は知的で、スパークがとくりと甘く鳴る。彼の一挙一動にいちいちこうなってしまう自分は完全な末期だ。
うーん、と長い間(とはいってもほんの数分)唸っていたスモークスクリーンは、うまく考えがまとまらなかったのか苦虫を噛み潰したような顔で長い排気を漏らした。
《ううん……ユースティシアの死に方によっても変わるだろうけど、悲しんで泣いて、何も出来なくなるのは確実だろうな》
《そうなの? スモークスクリーンなら、すぐ立ち直りそうなものなのに。ていうか、そっちの方がしっくりくるんだけど!》
期待していた反応とは(当然)違ったけれど、良くも悪くもスモークスクリーンらしい回答に少しだけ安心した私は、彼を真似ておどけてみせた。
《ユースティシア》
大丈夫だよ。
不意打ちに真面目なトーンで呼ばれた私の名前と、根拠も何も無いくせに、唱えるだけで私をあっという間に安心させてしまう魔法の言葉。
閉じていたオプティックをゆっくり開けると、そこには私よりもずっと大人っぽい顔をしたスモークスクリーンがいて。
その役はいつも私のものなのに、彼は無邪気な子供みたいな役なのに、不意にそんな、全部見透かしたみたいな態度で言われてしまったから、私は怯んで、咄嗟に戸惑いを隠せなかった。
《も、もう!何よ急に! 別にそんなこと言われなくたって、所詮は夢なんだから大丈夫に決まってるじゃん!》
《はは!まあ、俺より成績が下だったとは言え、エリートガードの君が簡単に死ぬとは思えないしなぁ〜?》
《あ?!言ったなー!いつか絶対勝ってやるんだから、首洗って待ってなさいよ!》
両手を頭の後ろに回して悪戯っぽく笑った彼につられて、やっと私も微笑んだ。
よかった、いつものスモークスクリーンだ。上手く誤魔化せたみたい。
優秀で向上心も高く、師匠にも認められてたスモークスクリーンに素直に褒めてもらえるのは対等な位置にいられてる気がしていつだって嬉しかったが、こんなふうに揶揄われるのは不服だ。彼の余裕な一面を垣間見てしまった今となっては尚更。
自分で言うのもなんだけど、私だって彼と同じか、それ以上に努力して今の成績をキープしている。
それなのに、私は彼に勝てたことが今の今まで1度もない。戦闘訓練でも、競争でも、いつだって1位の金メダルはスモークスクリーンの物で、銀メダルは私だった。
私の心が子供なせいで、スモークスクリーンが悪くないっていうのはわかっている。けど理性と感情を割り切ることも出来ない。
私は悪夢の話をする前よりも重たくなってしまった複雑な心を抱えて、こんな話するんじゃなかったという本音を、いつものようにゴミ箱に詰め込み錠前を掛けた。
《……スモークスクリーン》
《今度はなんだよ》
彼のオプティックがまた私を映す。
きゅんと中枢部が締め付けられる。
羨ましい妬ましい。でもそれ以上に彼が好き。だから私は、あなたの隣にふさわしい大人の女になれるように、鎧とヒールを着こなして必死に背伸びしてみせる。
私とは違う綺麗な青色がこちらを見つめている。
愛おしいと思う反面、苦しくもある。
本当の汚い自分を今すぐぶちまけてしまえたならばきっと楽になれるだろうけど、そんなことしたら隣にいる資格は永遠に失われてしまうに違いない。
あなたに置いていかれるのは、私にとっては死と同義だ。
だからあなたに勝って、胸を張れるようになれたなら。
《ずっと一緒にいてね》
彼のオプティックに綺麗な私を1秒でも、1ミリでも多く映して記憶してほしくて、1歩踏み出すと、頭一つ分上にある彼の顔を下から覗き込むように見上げた。
《あ、ああ……うん》
《照れてるの?》
《ばっ?!そんなんじゃねー!》
《ふふっ!してやったりー!》
先程よりも僅かに上がった顔の温度を隠すように、スモークスクリーンは再び前を向いて早足で歩き出してしまった。
可愛すぎる。そんなことを言ったら本格的に拗ねられてしまう未来が見えるので言わないけれど。
私より少し大きい歩幅を追い掛け、私は彼の名前を呼んだ。今はこれが精一杯。私はあなたみたいにはまだ成れないから、あなたを私と同じ子供にすることでしか対等になれない。
むくれてても名前を呼べば振り返ってくれるあなたは切なくなるほど優しい。
優しいから、中枢部が痛くて痛くてしょうがなかった。
汚くてごめんね。