なんでもない日/*Jazz
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雨が降る音で目を覚ました。
少し開け放した窓の隙間から聞こえる屋根を打つ雨音は軽く、小雨であることがわかる。
ベランダに続く大きな窓から差し込む白い太陽光の光源と肌寒いそよ風で、薄暗い部屋の中に正午がやってきた。
寝起きの頭が覚醒せず、しばらくぼんやりとしていたが、昨日の夜洗濯機を回してそのままにしていた事を思い出すと、私は慌ててベッドの中から飛び起きた。このままでは洗濯機の中で新品のセーターがひどい臭いになってしまう。
サイドボードにしまっていたヘアゴムで適当に髪を括り、その辺に落ちていたシャツを羽織って、さあ部屋を出ようとした時、服の袖を、毛布の中から伸びる手に引っ張られ引き止められてしまった。
「ちょっとジャズ」
「んー……今日日曜だろ?」
「そうだけど、洗濯物回しっぱだったから、干しにいかなきゃいけないの」
「ああ、そっか、昨日はランドリーで君を
「……」
いつもスタイリッシュな彼とは違い、オフの、寝ぼけてのんびりとした様子で起き上がったジャズは、下着と私とお揃いのネックレス以外何も身につけておらず、鍛え抜かれた腹筋や胸板や腕を無防備に私に晒していた。
彼のその格好や言葉で、昨日の熱い夜のことを思い出してしまい、じわじわと顔に熱が籠る。次いで、急いでいたから気にしていなかったが、自分も下着とシャツとネックレス以外何も着ていない(しかも彼シャツだった!)事が恥ずかしくなってきて、空いている方の手でシャツの前をくっつけた。ジャズの体格であればピッタリ着こなせるキレイめの白シャツは、私が着るとぶかぶかで、体のラインが隠れるミニスカートのワンピースみたいだった。
「何隠してんの」
私の挙動不審な態度を見て、聞かなくてもわかってそうなくせに、鼻歌を歌うみたいにジャズが聞いてきた。毛布に隠れた膝に頬杖をついた彼の表情は案の定にやにやしていて、いじわるな恋人に揶揄われているのだと察した私は「べつに」と素っ気なく返した。
「付き合ってからもう何度も見せあってる仲じゃん」
「……恥ずかしいものは恥ずかしいの」
「クインのそういう所、可愛いと思うけどな」
「どういう所よ」
「んー?ウブな所?」
「なによ、っわ、」
これ以上話しているとどんどん赤くなる顔を彼に見られてさらに揶揄われると思い、手を振り払おうとしたら、それよりも数秒だけ早くジャズに腕を捕まれ引っ張られてしまい、急にバランスを崩した私は再びベッドの中に倒れ込んでしまった。いや、正確には、ジャズの腕の中へ。
横向きになって向かい合う体勢になった彼は、私を逃がすまいと腰にがっちりと両腕を回しており、ちょっとやそっとでは抜け出せそうになかったが、私はどうにか彼の腕をどかせないかと試行錯誤した。
「さむいからあんまし動かないでくれよ」
「服着たら?」
「俺の服クインが着てるじゃん」
「そうじゃなくてクローゼットの服!」
「やだね」
「……もう」
ぎゅっと力が込められた両腕のせいでジャズとの密着度が上がり、逃げられないことを悟った私は観念して彼に閉じ込められることにした。
「っ」
ジャズのシャツから香っていた彼の匂いを彼の肌から直に嗅いでしまったせいで心臓が早鐘を打ち出す。
爽やかだけど、ほんのちょっぴり重ための甘みと、サンダルウッド系の奥行きがある、大人な匂いだ。香水を買ってるところは見た事がないから、ひとりで出掛けた時に見つけた品なんだろうか。すごくいい匂い。雨の湿度も相まって、なんだか濃く感じるし。アロマみたい。
「いい匂いだろ」
「え、うん」
恋人同士とはいえ、人の体臭を率先して嗅ぎに行っていた事実がバレてしまい違う意味でドキッとする。けどジャズの声色は思ってたよりも得意げというか、してやったり、みたいな雰囲気を含んでいた。私が鼻をスンスンさせてた事は気にしてないらしい。
「俺も気に入っててさ。気に入ってもらえて嬉しいよ」
「なんか落ち着く匂いだよ。……眠くなってくる」
「寝ちゃえば?」
「でも洗濯物が」
「後で俺がやっとくから」
「……甘い誘惑だ」
「たまには良いだろ。昼に起きて恋人とイチャついて二度寝なんて、最高じゃん。日曜なんだしさ。……まあ、俺は毎日でもいいと思ってるけどな」
「ふふ、そうなの?」
「そーなの」
安心する匂いと温度、二人の間に流れる穏やかな会話と空気。
その全てに私はゆっくりと、少しづつ夢の世界へ誘われ瞼をうつらうつらとさせた。
ジャズの手が私の前髪をさらりと耳に避けた。少しくすぐったかった。
「起きたらコーヒーと紅茶、どっちが飲みたい?」
「紅茶……」
「了解。おやすみ、ダーリン」
おやすみ。
そう返そうとしたけど口が動かなかった。唇に何かが重なってるみたいに重くて、開けられなかった。眠くて上手く喋れなかったんだろう。
きっとジャズには、私が口をもごもごしてるようにしか見えなかったんだろうな。オフでもこんなにカッコイイ彼に対して、自分だけ抜けてるのが悔しい。
そんなふうに心の中で独りごちて眠りについた私が、のちにおやすみのキスを送られたのだと気付くのは、あと3時間後。
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fin.なんでもない日
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