塔
崩れた石の塔に着いた少年は、地面に体を投げ出すと仰向けに空を見た。青空は緩やかに雲を流し、姿の見えない鳥が鳴く。
緑の瞳は空を求めるも、痛む眼球を庇うために一度閉じられる。
見せ物小屋が奮起した民の手で取り壊されてから、少年の生活は一変した。
解放された後は何をするでもよし、けれど他人に分けるような食料など誰一人として持ち合わせてはおらず、見せ物小屋にあったはずの食料品はそしらぬ顔をして持ち去られている始末だった。
人が溢れ、食料を求め、かつて一つの町があったこの地は喧騒の絶えない土地になった。作物の育たぬ、よその土地へ移ろうにも渡りきるには食料が足りぬ、言い争いをしては時折現れる鳥や魔物を我先にと狩り、溜め込んだ者は罵倒された後傷だらけになり何かを叫んでいた。
荒んだ人々は、どこから聞き付けたのか心根の荒んだ者を呼んだ。どこかの領主だというその人物を筆頭に、人狩りが始まる。少年を売り買いした時とは段違いに、それは暴力的で飢えた民が鳥を狩る様によく似ていた。
少年は狩られる側だった。狩られた者は石の塔へ連れていかれては宙吊りにされ鞭で打たれた。手足を縛られたまま宙吊りにされ、他にも同じように並んだ中には泣きじゃくり口に石を詰められる者もいた。
端から順番に鞭で打たれ薄い布と皮膚は容易く裂け血が飛びこびりつく。
離れない断末魔。
何度も咽せた空気。
少年は、わざとゆるめてあった縄から抜け出して、ただ数人残った部屋の中で吊られたまま絶えていた者を食べ始める姿を絶望的な目で見ていた。それを気付かれぬよう見ることが人狩りをした者達の娯楽となっていた。
「ミリツァ……」
少年は呟いた。ミリツァ、人間という種族がなぜ人間なのかを考えていた。
「ミリツァも、クレヴァンもかわらない」
だが人間も魔物も良いものがいるのだってわかっている。
けれど押し潰されそうだった。
食べなければ生きてはいけぬ種族。少年は、なぜ自分もそうなのかとぎゅっと目をつぶった。
そして、耐えきれずに石の塔へ背を向け駆け出した。歩きさ迷えば骨ひとつ残らぬと言われる地へ飛び出した少年を追うものなどなかった。
濁りきった川の水を飲み、土を掻き、口に運んで過ごした。唯一食べられなかったのは人である。それは今も変わらない。
どれくらい日が登り沈んでは凍える夜が来たのだろう、少年は気がかりで静まり返った石の塔を覗いた。
塔の中はいつしか共食いした者も倒れ、死体だけが吊り下がっていた。部屋をぼんやり見ていると、いつの間にか小さな子供が死体に背伸びしながら両手を伸ばしていた。破れた服や垂れ下がった足を掴むとぶらぶらと揺られ宙吊りの死体で遊んでいる。
その光景が頭から離れない。
目を閉じても離れない。
死体に抱きついて首を折った、その子供は美しかった。頭の先から真っ白で、汚れ一つない。
先に心を埋めたのは誰かがいるということだった。少年は胸をなで下ろし、傷んだ縄が切れ地に落ちた後、あろうことか笑ったのを覚えている。
真っ白な子供は、なぜそうするのかと少年を見て、地面と体とを見比べると隣に寝転んだ。
緑の瞳は空を求めるも、痛む眼球を庇うために一度閉じられる。
見せ物小屋が奮起した民の手で取り壊されてから、少年の生活は一変した。
解放された後は何をするでもよし、けれど他人に分けるような食料など誰一人として持ち合わせてはおらず、見せ物小屋にあったはずの食料品はそしらぬ顔をして持ち去られている始末だった。
人が溢れ、食料を求め、かつて一つの町があったこの地は喧騒の絶えない土地になった。作物の育たぬ、よその土地へ移ろうにも渡りきるには食料が足りぬ、言い争いをしては時折現れる鳥や魔物を我先にと狩り、溜め込んだ者は罵倒された後傷だらけになり何かを叫んでいた。
荒んだ人々は、どこから聞き付けたのか心根の荒んだ者を呼んだ。どこかの領主だというその人物を筆頭に、人狩りが始まる。少年を売り買いした時とは段違いに、それは暴力的で飢えた民が鳥を狩る様によく似ていた。
少年は狩られる側だった。狩られた者は石の塔へ連れていかれては宙吊りにされ鞭で打たれた。手足を縛られたまま宙吊りにされ、他にも同じように並んだ中には泣きじゃくり口に石を詰められる者もいた。
端から順番に鞭で打たれ薄い布と皮膚は容易く裂け血が飛びこびりつく。
離れない断末魔。
何度も咽せた空気。
少年は、わざとゆるめてあった縄から抜け出して、ただ数人残った部屋の中で吊られたまま絶えていた者を食べ始める姿を絶望的な目で見ていた。それを気付かれぬよう見ることが人狩りをした者達の娯楽となっていた。
「ミリツァ……」
少年は呟いた。ミリツァ、人間という種族がなぜ人間なのかを考えていた。
「ミリツァも、クレヴァンもかわらない」
だが人間も魔物も良いものがいるのだってわかっている。
けれど押し潰されそうだった。
食べなければ生きてはいけぬ種族。少年は、なぜ自分もそうなのかとぎゅっと目をつぶった。
そして、耐えきれずに石の塔へ背を向け駆け出した。歩きさ迷えば骨ひとつ残らぬと言われる地へ飛び出した少年を追うものなどなかった。
濁りきった川の水を飲み、土を掻き、口に運んで過ごした。唯一食べられなかったのは人である。それは今も変わらない。
どれくらい日が登り沈んでは凍える夜が来たのだろう、少年は気がかりで静まり返った石の塔を覗いた。
塔の中はいつしか共食いした者も倒れ、死体だけが吊り下がっていた。部屋をぼんやり見ていると、いつの間にか小さな子供が死体に背伸びしながら両手を伸ばしていた。破れた服や垂れ下がった足を掴むとぶらぶらと揺られ宙吊りの死体で遊んでいる。
その光景が頭から離れない。
目を閉じても離れない。
死体に抱きついて首を折った、その子供は美しかった。頭の先から真っ白で、汚れ一つない。
先に心を埋めたのは誰かがいるということだった。少年は胸をなで下ろし、傷んだ縄が切れ地に落ちた後、あろうことか笑ったのを覚えている。
真っ白な子供は、なぜそうするのかと少年を見て、地面と体とを見比べると隣に寝転んだ。