塔
黒い髪の少年は石を蹴った。ころころと坂道を転がっていく小さな石は石畳の窪みに引っかかり止まる。
草で編んだ靴は擦り切れ穴が空き、いつ裸足になってもおかしくはない。
緑の瞳は窪みにはまり込んだ小石から外されず、人の気配のない坂道には少年と石と渇いた風だけがあった。
草木を藁色へと変え通り過ぎていく風は、目の奥をも痛めるような気がして少年は崩れた石の塔を目指して歩き出す。
草で編んだ靴は途中でほどけて風に飛ばさればらばらになった。
風が舞い上げた砂埃に目を細め両腕で庇う。足の裏もすぐに傷が増えるのだろう、少年は両腕を見ながら頭の隅で思った。
少年がよく寝起きする青空が覗く石の塔は処刑場であった。
剥き出しの地面や石の壁には拭えぬ跡がそのままに、骨や道具が散らばり日々空を見て昇っていった命を思い出す。
自分もその中にいたのだ。――罪を犯した訳ではないが――少年はいや、罪だろうかと考えながら植物が根を張るには過酷な乾ききった土を蹴る。
乾いた土が砂となり、風が巻き上げ吹き荒れては細い水源を埋め枯らしていった。水を求め掘られた無数の穴でさえ、砂塵が埋め均していくこの地を人が住むような土地でないことから一部の民は「棄てられた大地」と呼んでいるのを少年は知らない。
よく晴れ昼間は暖かく、日が沈めば凍える極端な気候の若い国をサロバズ王国といった。王国といえど広大な国土は殆ど手が着いていない。自然豊かだが魔物が多く、広大すぎるのも手伝って各地の民は飢えにより数を減らしている。
魔物はこちらが手を出さなければ人を襲わない。
民が飢え数を減らすのは、生活に余裕のある者が虐げ売り払い、残された民は共食いを始めるからである。
サロバズ王国の端の端、北にあるこの地は王の目など届かない。
少年はふと傷だらけの両手を見た。
『さようならハロウェイ、いい子でね』
顔を知らぬ両親のかわりに食事を与えてくれた者が荷を降ろした顔で言った日、少年は手足を縛られ売りに出された。
黒髪は珍しいのだという。
「王のゆりかごは歌う。優しいその手を風にして」
見せ物小屋の中に入った後も考え続けた少年の、傷一つなかった両手はひび割れ皮膚は固くなり傷が増えるばかりだけれども、当時よりも人らしい、彼はそう思うのである。
草で編んだ靴は擦り切れ穴が空き、いつ裸足になってもおかしくはない。
緑の瞳は窪みにはまり込んだ小石から外されず、人の気配のない坂道には少年と石と渇いた風だけがあった。
草木を藁色へと変え通り過ぎていく風は、目の奥をも痛めるような気がして少年は崩れた石の塔を目指して歩き出す。
草で編んだ靴は途中でほどけて風に飛ばさればらばらになった。
風が舞い上げた砂埃に目を細め両腕で庇う。足の裏もすぐに傷が増えるのだろう、少年は両腕を見ながら頭の隅で思った。
少年がよく寝起きする青空が覗く石の塔は処刑場であった。
剥き出しの地面や石の壁には拭えぬ跡がそのままに、骨や道具が散らばり日々空を見て昇っていった命を思い出す。
自分もその中にいたのだ。――罪を犯した訳ではないが――少年はいや、罪だろうかと考えながら植物が根を張るには過酷な乾ききった土を蹴る。
乾いた土が砂となり、風が巻き上げ吹き荒れては細い水源を埋め枯らしていった。水を求め掘られた無数の穴でさえ、砂塵が埋め均していくこの地を人が住むような土地でないことから一部の民は「棄てられた大地」と呼んでいるのを少年は知らない。
よく晴れ昼間は暖かく、日が沈めば凍える極端な気候の若い国をサロバズ王国といった。王国といえど広大な国土は殆ど手が着いていない。自然豊かだが魔物が多く、広大すぎるのも手伝って各地の民は飢えにより数を減らしている。
魔物はこちらが手を出さなければ人を襲わない。
民が飢え数を減らすのは、生活に余裕のある者が虐げ売り払い、残された民は共食いを始めるからである。
サロバズ王国の端の端、北にあるこの地は王の目など届かない。
少年はふと傷だらけの両手を見た。
『さようならハロウェイ、いい子でね』
顔を知らぬ両親のかわりに食事を与えてくれた者が荷を降ろした顔で言った日、少年は手足を縛られ売りに出された。
黒髪は珍しいのだという。
「王のゆりかごは歌う。優しいその手を風にして」
見せ物小屋の中に入った後も考え続けた少年の、傷一つなかった両手はひび割れ皮膚は固くなり傷が増えるばかりだけれども、当時よりも人らしい、彼はそう思うのである。
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