ハルドラン

 城に連れ戻されたロジェラータは、初めてきついお叱りを受けた。側近の後は少し緩めではあるがラムザから、二人の延々と続いた言葉に痛いほど滲む心配や愛情の数々が、深い塊となって彼の中へ落ちた。
 ハルドランは魔王がいてこその国。もう出歩くこともないだろう。初めてできた友人からの誓いを受けたことは黙っていたが、それはハルドラン全土の魔王に敬意を表すものがそうするのだと身をもって知った。
 ロジェラータは鋭い表情の側近に手を伸ばすことを躊躇った。抱き上げてほしかった。自室の寝台へ座り込み、俯いたロジェラータは名前を呼ばれて顔を上げた。

「城外へ行かれるならば、私かラムザをお付けください。貴方を一人にすることは、身を裂かれるよりも痛ましい」
「許してくれる……?」
「何を仰いますか。ロジェラータ様。貴方なくしてこのハルドランは成り立たない。貴方は私のすべてです。永劫、変わりないのです」

 ロジェラータは側近へ両手を伸ばした。側近は難なく抱き上げる。しがみつく魔王の身体を抱き締めて、その伸び揃えた黒い髪に顔を埋めた。愛しくて堪らない匂いは昔と変わりない。毎夜一人で眠るのは嫌だとしがみついては共に眠り、朝を迎え。毎日念入りに手入れを怠らないその身体に唇を寄せ、肌を撫でては爪先へ舌を絡める。その度に噛みきってしまいたい衝動に駆られ、魔王の指が口内を転がることを思えばきっといかなる生物よりも美味だと目許を和ませる。
 耐えきれず、身体の線をなぞりながら滑らかな肌を味わえば、関節を外し魔王を構築するすべてを眼に映したいとうっとりと思い浮かべ。一度たりとも肌の裂けたことのない、その身体へ爪を立て、溢れる血液や臓物を味わえたなら。
 魔王を寝台へ寝かせると、いつものように服を引かれ隣へと倒れ込んだ。魔王の瞳は飲み込むような黒に、幾つもの色を持った光が点在する。それらは複雑に絡み合い、側近を魅了した。そして、ああ、と胸苦しさを覚える。
 誓いを受けてこられたのかと。魔王へ初めに誓いを立てた側近は、髪を撫で口付けた。
 誓いは受ける側であれば退けることもできる。その者の一生を守るため。けれど魔王は、それをしない。与えられるままにすべてを受け入れる。

「ロジェラータ様」

 長い指が肌を撫でれば、なんだと短く返された。
 一度求めてはくれないだろうか。唯一抱き上げてほしいと腕を伸ばす以外に。あれがほしい、何をしろという欲求で構わない。すべてに応えてみせるのに。
 ロジェラータは側近のすらりとした頬に手を乗せてみた。何となく、そうしてみると側近はひどく驚いた顔をして、それまで滲ませていた悲痛な色を和らげる。その様子に安堵して、ロジェラータは目を閉じた。
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