ハルドラン
鎧頭のロジェラータと、通りすがりだという少年は岩場に腰を下ろし談笑していた。
「お前、本土の出身か。そりゃあ一度は国を見てみたくもなるわ」
「だろう? なんせこの身形だ。お前にはまだ早いと言われる。せめて角でも生やしたらどうだと」
「そりゃあひどい。角なんざ、めったに生えるもんじゃないさ。それにお前みたいな鎧頭をしているやつは、大体生えないことになってる。まぁ、角が生えるのは、やたらと強い連中だ。角なんてなくても、恐ろしく強い奴なんてわんさかいるさ、この国は」
ロジェラータは鎧頭をうんうんと頷かせてみせた。緩く組んだ獣足を少年が見るので、尻尾を左右に振って誤魔化す。
「トンドルリアを見に行こうと思っている」
言えば、少年は青い両目を見開いていや、だめだろと強く言った。
「トンドルリアは今でこそ魔王の出身で聖地とか言うやつもいるが、昔は処刑された者を捨て置く場所だったんだぞ。トンドルリアの大気に触れたが最後、跡形もなく吹き飛ぶ。遠くから見ても解るほどにあの場所は黒い。いきなり空も、海も大地も真っ黒に割れて別の世界があるように感じる。俺は遠くから見ただけだがね、領主はお前じゃ無理だから近付くななんて言ってたよ。そんな場所出身の魔王はひたすらに美しいらしい。五島国の女王も美しいと聞くが、顔を見せたことはないそうだ。君主というのは顔の知れぬ方がいい」
「領主……。仕えているのか」
「ああうん、それはとても可愛らしくておっかない領主にね。魔王の御披露目が楽しみだと言ってたよ。成人すると一度だけ各地を治める者を集めて挨拶するらしい。俺も一度は見てみたいが、なんせ実力は知れてる。領主は気にするなと笑うがね、上限が見えるとなにやら切ないよ」
少し寂しそうに笑う少年は、ロジェラータよりもずっと逞しく映る。そうであるのにどうしてと思えば、既に心はそうなのかと受け入れてしまっていた。
ロジェラータは魔獣の姿を解くと、鎧頭を外した。
さらりと流れる黒い髪の間から金と青緑の耳飾りが覗き、白くしなやかな身体は仄かに良い香りを運んだ。憂えた眼をして少年を映したロジェラータは、初めて挨拶をした時のように見惚れて動かぬ彼に頭を下げた。
「騙すつもりはなかったんだが……私が、ロジェラータだ」
「魔王……噂以上に美人だな……あ、俺はシュリフィト。俺は領主の僕だけど、生涯の望みをひとつ叶えてもらったから、やるよ」
シュリフィトは自分の胸へ拳を当て、言った。
「我、シュリフィトは生涯領主ともに、魔王のものであると誓う」
それは“誓い”というもので、魔王たるロジェラータは受け入れはせど絶対にしてはならぬと言われていることだった。誓いは命の誓約。生命と命運とをすべて結び、誓った相手へと捧げる。ああ、と、ロジェラータは思った。この誓いに応えられるほどの実力も、確信も、実績もなければ、側近達が口煩く出るなと言う意味をようやく理解した。
命の系譜。ハルドラン全土の繋がりが、ようやくロジェラータに見えた。
ロジェラータの沈黙に笑顔を返したシュリフィトは、お前は良い魔王だと言ってお迎えが現れる前に姿を消した。
「お前、本土の出身か。そりゃあ一度は国を見てみたくもなるわ」
「だろう? なんせこの身形だ。お前にはまだ早いと言われる。せめて角でも生やしたらどうだと」
「そりゃあひどい。角なんざ、めったに生えるもんじゃないさ。それにお前みたいな鎧頭をしているやつは、大体生えないことになってる。まぁ、角が生えるのは、やたらと強い連中だ。角なんてなくても、恐ろしく強い奴なんてわんさかいるさ、この国は」
ロジェラータは鎧頭をうんうんと頷かせてみせた。緩く組んだ獣足を少年が見るので、尻尾を左右に振って誤魔化す。
「トンドルリアを見に行こうと思っている」
言えば、少年は青い両目を見開いていや、だめだろと強く言った。
「トンドルリアは今でこそ魔王の出身で聖地とか言うやつもいるが、昔は処刑された者を捨て置く場所だったんだぞ。トンドルリアの大気に触れたが最後、跡形もなく吹き飛ぶ。遠くから見ても解るほどにあの場所は黒い。いきなり空も、海も大地も真っ黒に割れて別の世界があるように感じる。俺は遠くから見ただけだがね、領主はお前じゃ無理だから近付くななんて言ってたよ。そんな場所出身の魔王はひたすらに美しいらしい。五島国の女王も美しいと聞くが、顔を見せたことはないそうだ。君主というのは顔の知れぬ方がいい」
「領主……。仕えているのか」
「ああうん、それはとても可愛らしくておっかない領主にね。魔王の御披露目が楽しみだと言ってたよ。成人すると一度だけ各地を治める者を集めて挨拶するらしい。俺も一度は見てみたいが、なんせ実力は知れてる。領主は気にするなと笑うがね、上限が見えるとなにやら切ないよ」
少し寂しそうに笑う少年は、ロジェラータよりもずっと逞しく映る。そうであるのにどうしてと思えば、既に心はそうなのかと受け入れてしまっていた。
ロジェラータは魔獣の姿を解くと、鎧頭を外した。
さらりと流れる黒い髪の間から金と青緑の耳飾りが覗き、白くしなやかな身体は仄かに良い香りを運んだ。憂えた眼をして少年を映したロジェラータは、初めて挨拶をした時のように見惚れて動かぬ彼に頭を下げた。
「騙すつもりはなかったんだが……私が、ロジェラータだ」
「魔王……噂以上に美人だな……あ、俺はシュリフィト。俺は領主の僕だけど、生涯の望みをひとつ叶えてもらったから、やるよ」
シュリフィトは自分の胸へ拳を当て、言った。
「我、シュリフィトは生涯領主ともに、魔王のものであると誓う」
それは“誓い”というもので、魔王たるロジェラータは受け入れはせど絶対にしてはならぬと言われていることだった。誓いは命の誓約。生命と命運とをすべて結び、誓った相手へと捧げる。ああ、と、ロジェラータは思った。この誓いに応えられるほどの実力も、確信も、実績もなければ、側近達が口煩く出るなと言う意味をようやく理解した。
命の系譜。ハルドラン全土の繋がりが、ようやくロジェラータに見えた。
ロジェラータの沈黙に笑顔を返したシュリフィトは、お前は良い魔王だと言ってお迎えが現れる前に姿を消した。