ハルドラン
ロジェラータは散歩が好きだった。いつものように身体を洗われ、髪や衣服を整えられ、ハルドランや他国の勉強を終えると部屋を飛び出す。始めはとことこと側近の後をついて歩いたが、城の生活に慣れた最近ではその側近に捜されることを楽しみとしていた。彼は食事もせず、と小言を言いながら捜し回り、出会い頭にお菓子やら果物やら手作りの食事やらをご馳走になっている魔王を見つけつまみ上げては、冷徹だと畏れられる表情を緩め、私の用意した食事ではご不満かと言うのである。
「ううん、美味しい。でも、見つけてほしかった」
あの時のように。
空も海も大地も真っ黒なあの場所で、希望を見付けたのだという側近の顔が忘れられなかった。誰もが愛しくて堪らないのだという表情をしている。ロジェラータはうんと甘えてみることにした。統治を終えた魔王の最後を初めから見せてくれるような、なんとも優しい魔物達に。
ロジェラータは側近に両手を伸ばした。ふわりと笑んでは抱き上げられ、鍛え抜かれた身体にしがみつく。先日、お祝いにと両耳へ開けた穴から下げた耳飾りがきらきらと輝いては揺れた。ロジェラータは痛みを感じない。それはとても危ういことであると本人にも伝えてはあるのだが、幼い彼は首を振り、定めなのだろうと言った。
ロジェラータが側近に捕まるまでの間は、城中が浮き立った。小さな魔王はとことこと走りながら魔物を見付けては近くへ寄って会話をし、笑ってくれる。それはとても幸福なひとときであり、身体へ触れたい衝動に駆られた。けれど側近の冷徹さを思えば阻まれる。魔王にはひたすらに優しいが、罪あるものは容赦なく八つ裂きにし跡形なく葬り去る彼の逆鱗に触れかねない。
「ロジェラータ様。本日は剣技の師をお連れしました。八将軍の長、ラムザといいます」
「ロジェラータ様、以後お見知りおきを」
「最初の挨拶の時、広間のはしっこにいたね。よろしくお願いします」
「有り難く」
ラムザは淡い緑色に輝く鎧姿の魔物だった。同じように輝く剣を提げ、膝を折っては頭を下げる。側近は鞭を多用するが、剣を扱えぬ訳ではない。剣技ならばラムザと言われるほど優秀な者を魔王へ割くのは、ロジェラータが身を守るすべを知らないからである。
黒い世界で、ロジェラータは無意識に生きていた。ぼんやりと、周りを見ていた。黒い世界で染め尽くしたような色の髪は、側近が愛情込めて整えた結果美しく伸び肩上で揺らす程度になった。艶を帯び、さらさらと流れ、金と青緑の耳飾りを揺らし。
ロジェラータは多くを望まない子供だった。与えられるままに過ごすが、求めることといえば抱き上げてほしいとねだるくらいだった。身体を洗われる際側近が堪らず脚を舐めようが、抱き寄せられようがくすぐったそうに受け入れていた。
彼は与えられるものすべてを受け入れようと思っていた。元々は何もない世界にいた。それが嘘であるかのような錯覚を覚えるほどの恩赦に、身を委ねようと思った。
魔王の最後は水鏡の中。あそこには麗しい彼女が前側近と眠っている。きっと自分が沈むときには一人なのだろう。側近は、愛しこそすれ、次の新たな魔王を愛するはずだ。そんな憂いを帯びれば側近は何も言わず唇を寄せ、ロジェラータはされるままに彼を見つめた。
「ううん、美味しい。でも、見つけてほしかった」
あの時のように。
空も海も大地も真っ黒なあの場所で、希望を見付けたのだという側近の顔が忘れられなかった。誰もが愛しくて堪らないのだという表情をしている。ロジェラータはうんと甘えてみることにした。統治を終えた魔王の最後を初めから見せてくれるような、なんとも優しい魔物達に。
ロジェラータは側近に両手を伸ばした。ふわりと笑んでは抱き上げられ、鍛え抜かれた身体にしがみつく。先日、お祝いにと両耳へ開けた穴から下げた耳飾りがきらきらと輝いては揺れた。ロジェラータは痛みを感じない。それはとても危ういことであると本人にも伝えてはあるのだが、幼い彼は首を振り、定めなのだろうと言った。
ロジェラータが側近に捕まるまでの間は、城中が浮き立った。小さな魔王はとことこと走りながら魔物を見付けては近くへ寄って会話をし、笑ってくれる。それはとても幸福なひとときであり、身体へ触れたい衝動に駆られた。けれど側近の冷徹さを思えば阻まれる。魔王にはひたすらに優しいが、罪あるものは容赦なく八つ裂きにし跡形なく葬り去る彼の逆鱗に触れかねない。
「ロジェラータ様。本日は剣技の師をお連れしました。八将軍の長、ラムザといいます」
「ロジェラータ様、以後お見知りおきを」
「最初の挨拶の時、広間のはしっこにいたね。よろしくお願いします」
「有り難く」
ラムザは淡い緑色に輝く鎧姿の魔物だった。同じように輝く剣を提げ、膝を折っては頭を下げる。側近は鞭を多用するが、剣を扱えぬ訳ではない。剣技ならばラムザと言われるほど優秀な者を魔王へ割くのは、ロジェラータが身を守るすべを知らないからである。
黒い世界で、ロジェラータは無意識に生きていた。ぼんやりと、周りを見ていた。黒い世界で染め尽くしたような色の髪は、側近が愛情込めて整えた結果美しく伸び肩上で揺らす程度になった。艶を帯び、さらさらと流れ、金と青緑の耳飾りを揺らし。
ロジェラータは多くを望まない子供だった。与えられるままに過ごすが、求めることといえば抱き上げてほしいとねだるくらいだった。身体を洗われる際側近が堪らず脚を舐めようが、抱き寄せられようがくすぐったそうに受け入れていた。
彼は与えられるものすべてを受け入れようと思っていた。元々は何もない世界にいた。それが嘘であるかのような錯覚を覚えるほどの恩赦に、身を委ねようと思った。
魔王の最後は水鏡の中。あそこには麗しい彼女が前側近と眠っている。きっと自分が沈むときには一人なのだろう。側近は、愛しこそすれ、次の新たな魔王を愛するはずだ。そんな憂いを帯びれば側近は何も言わず唇を寄せ、ロジェラータはされるままに彼を見つめた。