ハルドラン

 側近はロジェラータの身の回りの世話すべてを受け持った。食事を用意し、衣服を整え、魔王である彼が使う部屋すべてを様子を見ながら好みに揃え、湯に入れ身体の隅々までを念入りに洗い、髪を切り揃え、必要とあらば化粧を施し、装飾品で着飾り、知る限りの国や魔物のことを教え。あまりに側近が籠るので、新たな魔王を見せろという城の者達が無礼承知で押し寄せると、彼はしぶしぶロジェラータを青と黒とが織り成す不思議な輝きを持った長椅子へと座らせた。
 壇上のロジェラータへ痛いほどの視線が集まり、歩くとどれだけかかるか想像もつかない奥の扉にまでひしめきあっている魔物達は誰一人として声を上げない。痛ましいほどの静寂が、ロジェラータには心地好かった。本来いるはずの彼の世界はこうだった。こうして視線を浴びることには未だ慣れないが、そのうち視線を外し合わせることもないのだろう。
 幼いロジェラータは微笑った。それは僅かに目許と口許を緩ませる程度の、前方の魔物にしか見てとれない程の小さな変化だった。そして誰かが言った。“美しい”と。
 一人が膝をつくと、魔物達は一斉に倣っては皆が顔を上げ、ぽかんとしているロジェラータを見つめる。彼らは素直に嬉しかった。前魔王は絶大なる力をもってハルドランを率いたけれども、側近以外をすべて平伏させ、魔王を慕う彼らとは途方もない距離を生んだ。その距離が今日に至る彼らを生かしているが、理解しながらもやるせない。けれど新たな魔王はその距離が、うんと近くなったように感じられる。
 魔物達は見惚れていた。愛しくて愛しくて堪らない自分たちの守るべき魔王。守られる絶大なる可能性を持った魔王。愛しい子供。小さな身体は愛らしく、できることならば近くへ寄って視線を合わせたい。ハルドランの外に住む竜という種族の愛情表現は異常だが、魔物達の魔王へ対する敬愛もまた異常なのだといわれる。
 彼らは魔王に存在を望む。魔王が何をせずとも存在している自体が彼らの誇りであり、生き甲斐であり、支えである。幼い魔王はそんな魔物達を拒まない。それはとても幸福なことに思えた。
 おとなしく椅子に座っていたロジェラータが立ち上がると、とことこと前へ出た彼に魔物達は駆け寄りたい衝動を懸命に堪えた。

「ぼくは、ロジェラータ。前魔王、グランクルデの名前を継いで、グランクルデ・ロジェラータといいます。よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げた小さな魔王に、感極まって涙を流す者が現れた。それは次第に歓喜へと変わり、頭を上げたロジェラータは響き渡る魔物達の声に再度ぽかんとさせられたのであった。
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