眠る前に

 こんなに高価な服を着て、横になるなんて私だけなものだ。

 思うと彼が笑う。口元だけがくすりとしたと思えば、髪をふわふわ撫でられる。
 そうして眠る。何度目だろうか、ああこのこえは筒抜けだけれども、その撫でる手に触れてみたい。

「いいよ」


 すべて知った上で彼は言う。
 優しい目に安堵してそっと触ってみれば、すっと指が滑る。さらさらとした手は窓から差し込む日の暖かさに似ていた。


「君は物の価値をどう思うの?」


 ?

 わけがわからないと思えば、変わらずに頭を撫でながら、彼は続けて言った。


「君が着ている服は確かに高価だ。体を支えているソファーも、この部屋自体がそう。持ち合わせているものにみあうかなんて、目をつぶったらいいんじゃない。君は物ではないよ。ヴィドー」


 見上げれば、彼は優しい顔のままだった。
 ふわりふわりと撫でられて、また眠ってしまうのだろう。
 それまで、見ていてもいいだろうか。


「いいよ」


 ああ、優しい顔は変わらない。
 いつも、いつも微笑んで、否定しない。いけないことはいけないと言いはするけれど、私が決めるところは手を着けずに言葉を渡してくる。
 ねえ、どうして?

 どうして優しいのだろう。
 優しくしてくれて、ありがとう。
 一緒にいてくれて、ありがとう。
 言葉をくれて、ありがとう。



「僕は君が思うほど優しくはないよ」



 陰りのない顔で言う。
 嘘をつかない彼の、透明な硝子玉の目を見て思う。


 くるしくはないの? エスタリカ。



「僕はそれを食べないとおなかがすく生き物なの」



 撫でられ続け、心地よさに目を閉じる。
 起きたら、君がいますように。
 そう思うと、微かに笑った気配があった。
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