昔話

 簡素な木組みの小屋に、男は住んでいた。
 スーツの男が訪ねた際も、生き甲斐であり日課であり趣味でもあり男がすべてを捧げる人形を創っていた。
 筆で口唇をなぞり色を乗せている彼は、入り口で立ったままのスーツの男へ視線すら向けずに作業を続けている。
 まるで興味がない、そのような振る舞いにスーツの男は一枚の紙切れを取り出し、黒の革手袋に挟んではしばし見つめる。紙切れは内側から滲むように金の文字を浮かばせた。
 ああ、やはりか。
 スーツの男は濁った眼で作業を続ける男を見た。感動というものがスーツの男から消え去って久しい。

「世界一の人形師であり、人形技師。人間を創る人形師……! ようやく見つけた……!」
「それで? 単なる作業小屋ですよ、ここは」

 淡々とした声音と口調と共に、筆が置かれる。
 ようやく向けられた眼は吊り上がっており、熟れた葡萄色の瞳は拒絶を滲ませる。

「金の髪に、葡萄酒の眼だ。ハリフォード・ランス。間違いない」
「関係あるんですか? 私に色がついていて、ここにいるということが。貴方、失礼ですね。差し上げる人形はありませんよ。お引き取り願います」

 男、ハリフォードは木組みの丸椅子から腰を上げることなくスーツの男へ冷淡な眼を向ける。そのような扱いを受けながら、スーツの男は微笑った。首をすっぽり隠すハリフォードの、黒い服の下に包帯が巻かれているのを知っている。胴や脚も同じようにして包帯が巻かれており、彼が部屋の中を歩く事が精一杯だということも。

「そちらの箱は、新作ですか? 美しい。中の人形はどのパーツをお持ちで?」
「その子は最後の人形です。私、貴方のような人、どうも好きにはなれませんね。なぜ放っておいてくださらないのです? 技術も、人形も、譲ることはございません。先日私たちを襲わせたのも、貴方なのでしょう。おかげでひどい有り様でした。貴方の部下は死にましたけど、のこのこ私を逃がしたの、どうにも解せないのですよ。貴方、初めから私を殺してしまう気でいるのに。たくさん人形を創らせて、は違うでしょう。貴方には、少ない方が価値があるのですから」
「あまりにお前が身を隠すものだから、必死になってしまってね。いい方法も思い付いた」

 スーツの男はハリフォードの肩を掴むと床へと叩き付ける。
 華奢な身体は簡単に押さえ込まれ、転がる丸椅子が音を立てた。
 スーツの男はハリフォードの胸へ紙切れを乗せ、その上へと銃口を押し付ける。
 怪訝な表情を見せたハリフォードに、スーツの男は再度微笑う。

「新作の箱はどうせダミーなんだろう。逃がした人形も、全部手に入れてやる。お前は死ぬ気でいたのだろうが、俺が許さない」
「貴方の手には何も掴めはしませんよ。私が許さないのですから。私の愛しい人形は、誰のものでもないのです」
「お前が人質になる。あの世界を見つけた、俺だけの」

 スーツの男は引き金を引いた。
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