昔話

「昨晩は痛ましい事件だったね」

 翌日、屋敷の主人が静かな声で言った。

「眠れたかい? ひどく疲れた顔をしている。部屋で休んできてはどうかな?」
「ご心配なく。じき、眠れますから……」
「本当に残念な事故だ。酔って足を踏み外すなんて。あの水路は深い。上がってこれなかったんだろう」
「鋏を、借りても?」
「構わないが」


 鋏を握ると金の髪を鋏む。ばっさりと腰まで長かった髪が落ち、無残な姿に主人は眼を丸くして震えた。

「なんてことだ! 君の美しい髪が!! ああ、すまない取り乱してしまったね。鋏を返しなさい。そう、いい子だ」

 鋏をテーブルの上に置くと、主人は飾ってあった絵画を外す。絵を取り除き、額縁に金の髪を拾い上げ納めると満足気に笑った。

「御覧、こんなにも君は美しい。良い香り、美しい金の髪。また伸ばしてごらん。ああ、残りは寝室に飾ろう」
「何を、仰っているのですか」
「そのままの意味だとも。ああ、私は初めて君に触れたよ。こんなにも艶やかで柔らかい。君自身に触れると死んでしまうのだろう? けれど君から離れた一部なら関係がない。私の仮説は正しかった」
「僕は、貴方のような人間は好きになれない。貴方も、僕を買っていったコレクターと変わりがないのですね」
「ああ否定しないでおくれ。あのような連中と一緒にしないでおくれ。昨晩の事なら謝ろう。君はここで永遠に、私と暮らしていくのだよ」
「何を言って……」
「簡単なことさ。君は一人だ。その状態が美しい。外に出したらよく笑うようになってよかったけれど、いらない虫がやはりつくのもだ。君は美しいのだから!」
「まさか、彼女を脅しただけでなく殺してしまったとでも……?」
「邪魔が入って殺せなかったよ。だが安心したまえ。逃げ道はもうない」
「――、彼を、殺したな……!!」
「いい顔だ、美しい! さあおいで、君に殺されることで私の愛は完成する!!」
「僕は出て行く!! 貴方など殺す価値も無い!!」

 鍵のかかっていない窓から飛び降りる間際、主人のとろけるような声音が聞こえた。

「君は理解するよ、私からの愛を!」


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