昔話
少女は曰く付きの商品としてオークションにかけられる日々を送った。
頑なに離さなかった黒いロケットを奪い取って触れた領主が死んだのである。
眼球が真っ黒に染まり硬直し、即死だった。少女に手を上げた者は手首が吹き飛んだ。食事を与えなければ喉にがりがりと爪を立てては掻き切り死ぬ者も出た。
黒い魔女は死を司る。手を出してはいけなかった、それでももう魔女は殺されてしまった。人々は黒い魔女の呪いだと囁き、持て余された少女を物好きが買っていく。ある貴族は手厚くもてなした後、詳細を伏せては他家に預け行き先の一族を絶やすことに使った。
「貴方、とても恨まれているわよ」
少し背の伸びた少女の忠告に耳を貸さなかった貴族は数日後に首を取られた。
以後転々と、屋敷が変わってゆく。乱暴せずに身辺の世話をすれば即死はないと理解した大人達は幽閉という手段を取った。
曰く付きで気味が悪いが、それを除けば美しい娘だった。
こっそりと言い寄る者もいた。
「君となら死んでも構わない」
そう囁いて触れては死んでいった。その度に家が変わった。
8度目に訪れた屋敷は幽閉こそ変わらぬものの、日当りのいい2階の個室で、令嬢のように扱われた。使用人は初めこそ怯えていたが、着替えや髪の手入れ等を自分でやってしまう様子に次第に慣れて手短な外の話をするようになった。
少しずつ背丈と髪が伸び、ドレスが窮屈になったので使用人と採寸の為に衣装を脱ぐと小さく上がる悲鳴。
「どうしたの? 早く済ませてしまいましょう」
いつもけたけた笑って“ご主人様には内緒で”、が口癖の使用人は顔を真っ赤にして口元を両手で押さえている。
「お、お嬢様、は男性でらしてっ……」
「? 何を……」
カサンドラは私の娘だと言っていたが。
身体に視線を遣れば確かに非常に不服ではあるが言い寄ってきた貴族の男に似ている。
「……私に触れれば死んでしまうかもしれないし……自分で測ってみるから、記録してくれない?」
顔が真っ赤なままの使用人は言われるままに動いては記録を終えると慌ただしく出て行った。鍵もかけずにペンも落として。ペンを拾い上げると小さく笑った。
(面白かったから、抜け出さないであげよう。よく使いこまれたペンなのだし)
数日後、仕立て上げられたのは男物の衣装である。
「慣れないな……」
「慣れていただかなくては! 普段のドレスで出歩けば、お嬢様だと判ってしまうではありませんか!」
あれから使用人は頬が紅いのを除けば変わらず“お嬢様”のまま接していた。これまで幽閉されていたというのに、屋敷の主人が男物さえ着れば月に1度の外出を許したという。
(意図が読めないな……他人を殺しかねないのに、今になって外出とは……それで事が起きて糾弾されれば大勢が死ぬだろう。死んでやるつもりはないけれど、ああ、なんだろう)
気分が悪い。
屋敷からの馬車で街へと降りたが、興味もなければ浮かびもしない。
人の多さと騒がしさにうんざりして、木陰のベンチに腰掛けると開いた本の看板が屋根から下がり風に吹かれて揺れていた。
ガラス越しに積まれたハードカバーの本。奥には天井までを埋める本棚が並び、カウンターには眠りこけそうな老人の隣で黒猫があくびしている。ドアを開くとベルが鳴り、老人がびくりと重い瞼を上げてはまたとろとろと首を揺らし始めた。
カサンドラに読んでもらった物語とその後の質問で大抵の生き物は知っているが、見るのは初めてだ。黒猫は丸くなって視線だけを寄越している。
床にカツコツと響くヒールに使用人の顔が浮かぶ。服装こそ男物だが踵の高いものでなければ歩き慣れないのを気にかけて用意してくれた。
本棚に並ぶ背表紙を映しては気にかかる1冊を探してゆっくり移動する。
何度か繰り返していると腕に何かがぶつかった。
「きゃ、……ああごめんなさい! 私、前を見ていなくて……夢中、で……」
「いえ、僕の方こそ。怪我はない?」(本がぶつかったから、この子は死なずに済んだのだろうか)
床に落ちた本を拾い表紙を撫で重ねていると女の子はあわあわと手のひらを泳がせているので首を傾げた。
「何か?」
「わあっ、すみません……女の人かと、思っちゃって……」
確かに整えながら伸ばしている金の髪は腰よりも長い。
「ふふ、気にしていないよ。お詫びに本は贈らせて」
「えええええそんなにたくさん申し訳な……」
「なら僕に1冊本を選んで。ゆっくり読むから、何でもいいよ」
選んでもらった1冊を、屋敷で何度も読んだ。
一月後、再度同じ書店に行くと彼女はペールグリーンのワンピースに花の髪留めをして、また本を選ぶ。ベンチに座り、互いに読んだ感想を語らって、喫茶店で紅茶とケーキを頂く。見かけた花屋の1輪を贈れば、嬉しそうにありがとうと。
初めは茶化していた露店商の青年ともよく話すようになった。店先に座って街の人々が好む屋敷では出てこない料理と麦酒を頂き、装飾品の話などをしながら時折混じる冗談に笑う。
屋敷に戻れば使用人も、主人も楽しかったようでよかったと笑っていた。
幽閉と、月に1度の外出は変わりなかったが2人に会うのは楽しみになっていた。
頑なに離さなかった黒いロケットを奪い取って触れた領主が死んだのである。
眼球が真っ黒に染まり硬直し、即死だった。少女に手を上げた者は手首が吹き飛んだ。食事を与えなければ喉にがりがりと爪を立てては掻き切り死ぬ者も出た。
黒い魔女は死を司る。手を出してはいけなかった、それでももう魔女は殺されてしまった。人々は黒い魔女の呪いだと囁き、持て余された少女を物好きが買っていく。ある貴族は手厚くもてなした後、詳細を伏せては他家に預け行き先の一族を絶やすことに使った。
「貴方、とても恨まれているわよ」
少し背の伸びた少女の忠告に耳を貸さなかった貴族は数日後に首を取られた。
以後転々と、屋敷が変わってゆく。乱暴せずに身辺の世話をすれば即死はないと理解した大人達は幽閉という手段を取った。
曰く付きで気味が悪いが、それを除けば美しい娘だった。
こっそりと言い寄る者もいた。
「君となら死んでも構わない」
そう囁いて触れては死んでいった。その度に家が変わった。
8度目に訪れた屋敷は幽閉こそ変わらぬものの、日当りのいい2階の個室で、令嬢のように扱われた。使用人は初めこそ怯えていたが、着替えや髪の手入れ等を自分でやってしまう様子に次第に慣れて手短な外の話をするようになった。
少しずつ背丈と髪が伸び、ドレスが窮屈になったので使用人と採寸の為に衣装を脱ぐと小さく上がる悲鳴。
「どうしたの? 早く済ませてしまいましょう」
いつもけたけた笑って“ご主人様には内緒で”、が口癖の使用人は顔を真っ赤にして口元を両手で押さえている。
「お、お嬢様、は男性でらしてっ……」
「? 何を……」
カサンドラは私の娘だと言っていたが。
身体に視線を遣れば確かに非常に不服ではあるが言い寄ってきた貴族の男に似ている。
「……私に触れれば死んでしまうかもしれないし……自分で測ってみるから、記録してくれない?」
顔が真っ赤なままの使用人は言われるままに動いては記録を終えると慌ただしく出て行った。鍵もかけずにペンも落として。ペンを拾い上げると小さく笑った。
(面白かったから、抜け出さないであげよう。よく使いこまれたペンなのだし)
数日後、仕立て上げられたのは男物の衣装である。
「慣れないな……」
「慣れていただかなくては! 普段のドレスで出歩けば、お嬢様だと判ってしまうではありませんか!」
あれから使用人は頬が紅いのを除けば変わらず“お嬢様”のまま接していた。これまで幽閉されていたというのに、屋敷の主人が男物さえ着れば月に1度の外出を許したという。
(意図が読めないな……他人を殺しかねないのに、今になって外出とは……それで事が起きて糾弾されれば大勢が死ぬだろう。死んでやるつもりはないけれど、ああ、なんだろう)
気分が悪い。
屋敷からの馬車で街へと降りたが、興味もなければ浮かびもしない。
人の多さと騒がしさにうんざりして、木陰のベンチに腰掛けると開いた本の看板が屋根から下がり風に吹かれて揺れていた。
ガラス越しに積まれたハードカバーの本。奥には天井までを埋める本棚が並び、カウンターには眠りこけそうな老人の隣で黒猫があくびしている。ドアを開くとベルが鳴り、老人がびくりと重い瞼を上げてはまたとろとろと首を揺らし始めた。
カサンドラに読んでもらった物語とその後の質問で大抵の生き物は知っているが、見るのは初めてだ。黒猫は丸くなって視線だけを寄越している。
床にカツコツと響くヒールに使用人の顔が浮かぶ。服装こそ男物だが踵の高いものでなければ歩き慣れないのを気にかけて用意してくれた。
本棚に並ぶ背表紙を映しては気にかかる1冊を探してゆっくり移動する。
何度か繰り返していると腕に何かがぶつかった。
「きゃ、……ああごめんなさい! 私、前を見ていなくて……夢中、で……」
「いえ、僕の方こそ。怪我はない?」(本がぶつかったから、この子は死なずに済んだのだろうか)
床に落ちた本を拾い表紙を撫で重ねていると女の子はあわあわと手のひらを泳がせているので首を傾げた。
「何か?」
「わあっ、すみません……女の人かと、思っちゃって……」
確かに整えながら伸ばしている金の髪は腰よりも長い。
「ふふ、気にしていないよ。お詫びに本は贈らせて」
「えええええそんなにたくさん申し訳な……」
「なら僕に1冊本を選んで。ゆっくり読むから、何でもいいよ」
選んでもらった1冊を、屋敷で何度も読んだ。
一月後、再度同じ書店に行くと彼女はペールグリーンのワンピースに花の髪留めをして、また本を選ぶ。ベンチに座り、互いに読んだ感想を語らって、喫茶店で紅茶とケーキを頂く。見かけた花屋の1輪を贈れば、嬉しそうにありがとうと。
初めは茶化していた露店商の青年ともよく話すようになった。店先に座って街の人々が好む屋敷では出てこない料理と麦酒を頂き、装飾品の話などをしながら時折混じる冗談に笑う。
屋敷に戻れば使用人も、主人も楽しかったようでよかったと笑っていた。
幽閉と、月に1度の外出は変わりなかったが2人に会うのは楽しみになっていた。