昔話

「カサンドラ! お花で首飾りを作ったわ!」

 数年後、森の古い屋敷に子供特有の高い声が響き渡る。
 よく手入れのされた家具や装飾は角を払った曲線を好んでおり、椅子にはふかふかのクッションが敷かれている。椅子に腰かけ手縫いで二つ目のふかふかのクッションを作っていたカサンドラは、息を弾ませ駆けてきた少女に笑いかけると金の髪に絡まる草葉を取り除く。
 表情の乏しいカサンドラが見せる些細な変化が少女は好きで堪らなかった。

「ねえカサンドラ、抱っこして?」

 そして遠慮もなかった。
 カサンドラの膝に小さな両手をついて、よじ登ろうと伸び上がる。けれど長身のカサンドラの膝丈程しかない少女では足が浮き、登りきれずに小さなヒールがコツコツと音を立てるばかりである。
 しばらく無言で眺めていたカサンドラは針立てに針を刺すと少女を抱き上げ作りかけのクッションの上に座らせたが、すぐさまぐるりと腕を伸ばして抱きつかれる。満足気な少女の握る花の首飾りは黒く変色して朽ちた。

 カサンドラは魔女である。
 世界に4人いるという中でも死を司る黒の魔女。
 古くから人間は畏れを語り継ぎ、住処とされる黒い森には近寄らない。
 
「ご覧、ハリフォード。いとおしい、私の娘。私に触れたばかりに、美しい花は死ぬ。花飾りはハリフォードの頭に乗せてあげなさい」

 少女は少しむくれると、背中まで伸びた滑らかな金の髪をいやいやと左右に振る。

「カサンドラに、花飾りをあげたいの! きっと良く映えるわ、そんなに綺麗な黒をしているのだから! そうだわ!」

 ぱっと顔を上げた少女はぴょんとカサンドラの膝から飛び降りて、木造の扉を重たげに両手で開けると飛び出していった。
 開いたままの扉の方に気を向けたまま縫い物を再開したカサンドラは、二つ目のふかふかのクッションを縫い終わるとそっと隣の椅子に置く。
 まだまだ背が届かないというのに、カサンドラと同じ椅子がいいと駄々をこね、食事の際はまず椅子によじ登りようやく座ると背が足りず、顔だけテーブルに乗っている状態なのでこれで両腕が伸ばせると思うのだが。

「カサンドラ! 見て!」

 扉を閉めずにぱたぱたと駆けてきた少女は色鮮やかな花冠を持っている。少女が両手を伸ばしてかざすようにするので、カサンドラは小首をかしげると、花冠の輪っかの中に愛しくて堪らない娘の笑顔が見えた。

「ほら! カサンドラ、とっても綺麗よ! 似合っているわ!」
「そうだね、ハリフォード。とても似合っている。綺麗だ」

 少女の花冠の中で、カサンドラは微笑んだ。
 気に入りの紅茶を淹れ、少しばかりの焼き菓子を乗せた白と紫で彩られた皿を出すと少女は背伸びして端に花を乗せ、自分の紅茶に花びらを浮かべては嬉しそうに笑う。

 カサンドラは紅茶の匂いがする。
 そう言いながら嬉しそうに抱きついて、時にはそのまま眠ってしまう少女の頭を撫でながら、カサンドラの黒い口紅の乗る唇は滑らかに文字を読み上げる。低い声音が過去に読んだ本の要所を繋いでひとつの物語に纏め上げ、少女は大きな葡萄色の眼を輝かせながら聞くのが日課となっていた。
 二人で紅茶を飲みながら、ティーポットが温かいうちに終わる物語の次は文字や色の話をした。少女は物語に出てきた知らない言葉の意味を訊き、カサンドラは古い紙に羽のペンで文字を書き、意味を伝える。カサンドラの字は線の強弱がはっきりしておりしなやかに綴られる。美しい文字列に少女は憧れるのだが、言葉の意味の説明を終えると紙ごと黒く朽ちてしまうのだった。


「カサンドラ、カサンドラ! 見て!」

 柔らかく煮た野菜のスープと釜焼きのパンを二人で食べ、日の落ちた窓に紫色の厚いレースのカーテンをかけたカサンドラは、燭台に照らされる室内でくるくると回る少女に柔らかく瞬いた。
 小さな体で、両手を広げてくるくると、ワインレッドのドレスを着てご機嫌に回る少女はぴたりと止まって見せ、ふわりと浮いたドレスの端に高揚した笑顔を見せる。

「カサンドラが作ってくれたドレス、とても素敵! 回るともっと綺麗に広がるの!」
「ハリフォードは、丸みが好きだね。とても似合っている。綺麗だよ」

 少女はぱたぱた駆け寄って、カサンドラの脚に抱きついた。
 長身のカサンドラが少し背を曲げると、少女は飛び跳ねて腰回りへ抱きつく。長い両腕で少女を支えると、カサンドラの黒いドレスに顔を埋めたままうつらうつらと寝そうになっている。
 ゆっくり抱き上げたカサンドラは古本の埋まる壁へ手を伸ばすと横へずらした。


 
2/8ページ
スキ