港町の青年

「始末する時はちゃんと見てなきゃ」

 海の静かな月夜の晩、頭3つ分はある包丁を両手に、金髪の少年はへらりと笑った。
 真ん中が三日月のようにぱっくり空いた首切り包丁は今しがた切り離した死体の悪足掻きで真っ赤に濡れている。
 
「助かった、ありがとう。汚してしまった、キーリィ、うちへ帰ろう」

 金髪の少年は瞬きもせず首だけかくんと傾けて、口元だけが笑っている。

「ありがとう? べラム、正気?」
「いや、ごめん。キーリィ。お前がしていいことじゃなかった」

 こいつが泣きださないのだということを時折忘れる。傷心を特に何でもないのだというふうに振る舞い隠すに長けていることも、加減など容易く出来たろうに首を撥ねてしまうほど憔悴していることも忘れてしまう。
 “ああまたやってしまった”と後悔の滲む赤黒の眼が美しいから。
 初めて会った時とは違う表情。何度やっても慣れないのだという嫌悪。歯止めのきかなくなってきている自身と理由との狭間で悩み貫いて磨り減らした彼の滲む眼が美しい。
 だからこのところ浮かれていた。そういえばよくよく恨まれる職なのだから抜かりなく普通の青年で暮らさなくてはいけなかったのに、次はいつ会えるかばかり考えていたら顔も知らぬ男に銃片手に恨み言を並べられていた。

「夜遅くに出歩くなっつーの。妹はどうしたわけ」
「酒が飲みたくなってさ。アリーシャは晩飯も風呂も絵本も済ませてよく寝てるよ」
「はあ。ってなにしてるわけ」
「魚拓取ってる」
「うえ……やだ見せなくていい、つうか妹にも見せるなよ」
「大丈夫大丈夫明日親方に見せるんだから。うーむマジで見覚えがない」
「ベラムがこんなことやらなくていいようになればいいのに」

 ああそんなことを言われると今ここで犯してやりたい。

「そもそも地獄行きの俺に言うかね」
「ベラムそれ持ったまま寄らないで俺だめそういうの」
「あー……。邪魔だなあ、こいつ」

 紙にくっきり写る死体の顔を見ながら渋い顔をすると、本気で具合の悪そうな金髪が早足でさっさと先に行ってしまった。

(銃が怖いんだろうな)

 口端が吊り上がる。
 ひとつ知れたことが嬉しい。振り向いたその表情が知らぬ、読み取れぬものであろうとも。
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