港町の青年

 恋をしていた。

 嵐の夜、荒れた波風に怯えた幼い妹を毛布にくるんで撫でながら、女の子が好むであろう話を即興で考えては聞かせていた時のこと。
 小さな家の古木を寄せて作ったドアを小突かれたような気がした。風で港の資材でも飛ばされただろうか。それとも隣のボロ納屋が遂に解体され屋根や藁が飛んで行ってしまっただろうか。壁は石を積んでいるからいいものの、繰り返す雨漏りに手が追いつかなくなって長らく放置した屋根の骨組みには本当に悪いことをした。すまない藁備蓄。いや備蓄は困る、当面の兄妹二人分の食糧が――。

「アリーシャ、にいちゃんちょっとボロ納屋見てくるから座って待っててな」
「さんびょー!」
「厳しい!! 大丈夫すぐ隣だからチラ見してすぐ閉めれば――」

 取っ手を強く掴んで閂を外すと、一気に風に持って行かれそうになる。ドアくらいは頑丈にしないと物騒だからと分厚く重い古木を組んだはいいが妹が幼女ゆえ自力で開けられないという欠点がなんとも……などと思えどそのドアがぶっ飛びそうとは。地下室でも掘っておくんだった。
 港の荷物運びで鍛えている腕のお陰で隙間を確保し顔を出すと、激しい雨粒の中に赤い光が混ざっていた。

(怖っ)

 それがふたつ。ああしくじったな古い言い伝えの怪物か物盗りだわ。前者だったらなあ。呑気に思えるほど、治安のよろしくないこの街では夜にドアを開ける行為は致命的なのである。嵐にこんなボロ小屋に来るかよ――なんという怠慢。せめて妹は無傷で生かさねば。

「納屋貸してくれない」
「へ?」
「宿がわりに。いい? ダメ?」

 赤く光る楕円が真っ直ぐに見つめてくる。雨風に好き勝手やられて髪や服がえらいことになっているが何故突っ立っていられる――その先を考える間が惜しい。

「いいよ鍵も掛かってないボロ納屋だけど。序でに雨漏りもする。更には食糧も置いてある」
「嵐を凌げればいいから。ありがとう、借りるね」

 声に朗らかさが混じった気がした。くるりと納屋の方へ歩いて行きさっさと入って行った様を呆然と見ていたがはっと我に返りドアを閉めては閂をかける。

「ベラムにー」
「うっす納屋無事っす」

 妹がきょとんと首を傾げている。誰とお話ししていたのと可愛い真っ黒な眼が聞きたげに向けられているが兄の奇行で済ませてはくれないだろうか。
 くるりと向いた後ろ姿は両手に2本の大鉈を握り締めていた。刃先を地面に突き立てて話していたにせよ、嵐で飛ばぬ重さの大鉈を持ち歩けるとなれば嵐が過ぎたが最後ではないか。
 宿があればいい、食糧はいらぬ。ならば後は金品か命が定番だが、どちらかといえばあの眼は抑えきれぬ興奮が知らず滲んだところだろうか。その類であれば、殺した序でに思い出したように金品を頂戴するか忘れて高揚したまま去るのではないかと思われる。どちらにせよこの嵐が去る前に、引っ越さねばならぬのではないか。けれど幼い妹にこの嵐は越えられない。

「アリーシャ、お話の続きを聞かせよう」


 妹を寝かし付け、寝ずの番を決め込む。
 こわい怪物から小さな木箱に隠れて身を守った話を聞かせはしたがお兄様の頑張り次第にすべてが掛かっていることに変わりはない。
 決行は朝。もしくは嵐が過ぎた後に。
 妹だけは、守ってやらなくては。


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