深夜、老人は愛しい娘と紅茶を飲みながらお喋りを楽しんだ。娘は変わらず美しく、老人の話を興味深げに聞いては微笑みをたたえて言葉を差し出す。
「お父様はどうしてこのお城に?」
「水が美味くてね。紅茶に良いからさ」

 快く笑った老人は紅茶を一口含んで、

「メリオロール、オークションに出された時のことは憶えているかい?」

 辛いかもしれないが、と続ける。

「ええ、憶えているわ。すべて」

 娘の微笑みは絶えなかった。左右で色の違う眼を細めて瞬く。

「私の衣服や装飾品は殆ど剥ぎ取られて売り飛ばされてしまったの。ある人は私に妻を求め、ある人は私に夜を求め、ある人は私に恋人を求め。ある人は私にどれ程の価値があるのかと衣服を剥いだわ。私は人形なんだもの。しばらくするとみんないなくなった。私は何度もガラスケースに入ったわ。そうしてお父様に出逢ったの。ああ、そんなお顔をなさらないで」
「私の可愛いメリオロールに手荒な真似をした者共を許すことなどできようか。こっちへおいで」

 娘は小さく頷いて老人の膝へ頭を乗せて寄り掛かると、しわがれの手のひらが金の髪を撫でるそのままに眼を閉じる。
 しばらく撫でられていると、部屋の外から甲高い悲鳴が響き渡った。

「お父様。私を許してほしいの。お父様の御屋敷を汚してしまったわ」
「次からは私に相談しなさい。メリオロールが手を汚すことではないのだから。私に守らせておくれ」

 ぽたり、ぽたり。
 部屋の外の天井からぶら下がる女の身体はワイヤーに絡み鮮血を垂らす。
 老人はドアを開け見上げると痙攣し始める女に声をかけた。

「宝石類は構わんが、娘まで盗られては何も残らないのでね」
「気の……狂った爺め……」
「ははは。死になさい」

 ごとんと首が落ち鮮血が続くと老人は部屋へと向き直る。

「片付けておきなさい」

 スーツの男が二人、無言で死体を処理するのに眼もくれずドアを閉めた老人は椅子に座った愛しい娘に笑いかける。

「大丈夫だ、もう怖くはない。メリオロールを盗むものなど皆殺してやろう」
「お父様」

 ばさり、娘は美しいドレスを脱ぎ捨て白い身体をあらわにする。

「メリオロール」
「着飾って欲しいの。お父様の手で」

 娘は老人に近寄ると、髭を擽り腕を絡めて身を寄せた。



「美しいよ、メリオロール」

 レースのランジェリーの胸元に光る大粒のアレキサンドライト、白くしなやかな身体。娘は少し俯いて零した。

「お父様は宝石がお好き? この両の眼も大粒の宝石でできているのよ」
「ああ、そんな悲しい顔をしないでおくれ。嫌ならばすべて処分しよう。衣服や宝石は美しいメリオロールの為にある。好きにして構わないんだよ。その美しい瞳もメリオロールのものだ。誰にも渡してはいけないよ」
「お父様……。嫌ではないの。お父様はお優しい。……少し、眠ろうかしら」
「いいとも、メリオロール。さあ、おやすみ。また次の酔いの祝日を楽しみにしているよ」
「ありがとう、お父様」

 ベッドに寝かせた娘は色違いの両目を見開いたまま動かなくなった。酔いの祝日が終わったのである。

 以後老人は酔いの祝日の度に愛しい娘と話したが、失踪することも無く観葉植物を育てては三日で枯らすのだった。
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