天使は人間の子供と仲良くなった。
 大樹の枝上でうとうとしていると、見上げた子供は頬を赤らめ瞳をきらきらさせながら束ねた紙に木炭を走らせ絵を描いた。

「見て! 天使様!」

 描き上げくるりと紙を向けると、黒の濃淡で目を伏せる天使の姿。モノクロで表現された世界に、天使は釘付けになった。天使がよく知る絵を描く人物は色を求めてやまず常に多色で筆を走らすが、単色もいいものだと子供の側まで降りてゆく。垂れた蜂蜜色の髪と瞳はきらきらと輝いて、白い翼がふわふわと揺れた。

「とてもすてきに描けているね」

 子供は更に頬を赤らめて、ぴょんぴょん跳ねながら天使の顔を凝視する。

「天使様、今日も綺麗!」
「ぼくがかい? マリーナ。うふふ、ありがとう。今日も可愛いマリーナ。君に祝福を」
「天使様はどうして優しいの?」

 子供が曇りのない眼で訊いてくる。

「マリーナがそう感じるからだよ」
「ふうん」
「さあ、そろそろおかえり。ママが心配しているからね」
「明日も来るわ、きっとよ!」
「明日は雨が降るから今度にしようね」
「雨は嫌い! 天使様に会えないんだもの!」
「ぼくはいつだってそばにいるよいとおしいマリーナ。ほら、おうちにおかえり」

 しぶしぶ帰っていった子供の村を炎が焼いたのは小雨の降る夜だった。
 村の狂人が火を放ったのである。
 天使は夜に似つかわぬ灯りの方へ飛び、燃える村の上から叫んだ。

「マリーナ!」

 母娘は逃げ遅れていた。炎がドアを焼き、母親は娘を抱いて炎へと飛び込む決心がつかずに慄いて、「ごめんね、ごめんね……」と声を漏らす。夫が他界して女手一つで娘を育ててきたが、ああ、勇敢な夫のようであったなら。
 燃え盛る炎の中を突っ切ってきたのは翼に火の移った天使だった。天使の白い翼は燃え尽き黒い翼が現れる。

「天使様ぁ!!」

 泣き叫ぶ子供に応えず硬質の黒い翼で燃える壁を振り砕くと、天使は母娘を抱え飛び、外へ降ろすと倒れてしまった。

「怖かったろう、マリーナ」

 村は全焼した。天使は煤の掃除をしながら疲れ切った母娘に告げる。

「ぼくはあるひとの創った人形だ。ぼくは高く売れるからぼくを売って村を立て直して」
「ぜったいにいや!!」
「ふぇ」
「一緒に暮らすの!!」
「ふぇえ」
「おまえさんはこの親子を救ってくれた恩人だ。なんもねえ村だがずっとここにいてやってくれ」
「ふええええええええええええ」

 こうしてとある村に黒翼の天使が住み着いたとか。それからというもの不思議と子供の描いた天使の絵は町で高く売れたという。
 
2/2ページ
スキ