昔話

 胸から腹を裂かれた赤子は枯れ木に横たえられていた。
 深い森の入り口に立つ、三ツ又に分かれた枯れ木である。周囲の黒い木々は拡げた枝にたっぷりと葉をつけ雨や日射しを遮るが、ただ一本真っ白に取り残された枯れ木はかつて銀の葉をつけ美しく輝いていた。銀の葉を全て落とした日、白く美しい枝には息絶えた子供が串刺しになっていた。

(また子供を犠牲にしたな)
 真っ白な枯れ木の前に立つ、真っ黒な長身の魔女は光を映さぬ眼で見つめる。
 人々は古より死人のような肌の色を際立たせる黒髪や眼を恐れた。――死を運ぶ黒の魔女。魔女へ生贄を。

 魔女が他者の死を求めた事など無かった。寿命の尽きる最期を看取る際に現れる彼女への解釈が生贄である。白い木を枯らし、話し相手を喪った悪習は止める術のない恐怖と悪意から成る。遂に赤子にまで及んでしまったと憂える黒い眼でさえ、死の恐怖に映るだろう。
 絶好の獲物であろうに、白い三ツ又に置き去りにされた赤子へ群がる生物はいなかった。分厚い雲の下、間に挟むように置かれた赤子から伝い流れた血を吸って、黒く変色した幹を魔女の黒い眼が辿ると彼女の胸の内から音が消えた。

 生まれたばかりなのだろう、覗き込んだ魔女の鋭く黒い爪にも充たぬ小さな指先は握った形で固まっていた。
 うっすら開いたままの小さな唇。ざっくりと縦に裂かれた小さな身体。砕かれた骨、切り取られた局部。

 青白い皮膚を見下ろす魔女の容姿は白黒だった。蝋のように白い肌を取り巻く帽子にドレス、髪から瞳に至るまでもが光を通さぬ深い黒。影を引きずるようにして歩く彼女の容姿は見る者によって変化するが、痛いほどにくっきりと分かれた色だけは変わらなかった。

「心臓が切り取られている」

 黒い紅の乗った唇が低い女の声を落とす。
 感情を乗せることがとてつもなく苦手な彼女は、赤子を抱き上げると己の長い指を噛み、黒く垂れた血を飲ませた。
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