忘れてしまえ、君が輝けるように

「曇りばかりが続くわけでもないし」

 垂れ込めた雲に寄り添う静かな海を見ながら、そのようなことを言ってのける人がぱたりと姿を見せなくなった。
  料理を気に入りたまたま通り道になると寄って食事をしていくのは勿論嬉しいが、気さくに話し適当に切り上げる短い会話がどうにも居心地がよく楽しみになっていた。

「私は晴れ間が好きよ」
「俺は好きだよ、曇り空」
「嫌いなものはなに?」
「答えなきゃダメ?」

 励まされていた。勝手に思い込んでいた。彼には弱味などないものだと、不在をひたすらに考え抜くことで気がついた。
 浅はかである。

 そんな折、小さな子供を連れた肉付き逞しい青年がやってきた。子供が引っ張りずれたシャツから覗く日焼け前の肌をじりじりと日照りが焼いた。
 そういえば、こなくなった彼は一度も日に焼けていないように思える。

「ねえ、最近キーリィ来なかった? 目の色が赤黒で金の髪で大食いの」

 青年は言葉に軽く手のひらがついてくる。ああ似ている。言葉に合わせてひらひら手を動かして見せる彼に。

「来てないわ。ご友人?」
「そ。あいつぱったり来ないから捜してんの」
「聞いて回ってみるわ、ここならいろんな方がくるもの」
「いいや、あんただから聞いた。他には言わないでくれ」
「良い人なのね」
「俺にとってもね」





***


 気に入りの場所に寄ることもなくうろうろ、うろうろ。
 ずるずる、ずるずる刃の先が土を掻いてこびりつく。
 会う資格などない。話す言葉も見つからない。どのような顔をして、どのように伝えればいいのか。ましてや隣を歩くなど、彼らを貶めてしまう。
 それだけは。避けなくては。彼らの未来に俺は不要だ。

 彼らには、いつもたたえる綺麗な海が似合う。


 向けられた銃口、見知らぬ人物。その表情に安堵して、笑い返した。


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