おしつけ

「ハリフォード、ハリフォード、好き」

 キーリィがご機嫌にひょこひょこ歩いて寄ってきながら言うものだから、返事を返そうか悩むと抱きついてきた。

「好き」

 顔を埋めて擦り付ける。肉付きの良い腕でがっしり掴まれているものだから少し息が詰まる。気が付かないはずがない。悩んだ間でさえ掬い取る、変化に聡い子なのだから。
 名前を呼ぼうとして、短く吐いて吸うばかりの音に目眩がした。

「ハリフォードのいいにおい」

 たっぷりの間を置いて、キーリィは抱きついたままぽそりと言った。“さびしい”と。
 腕の力が言葉を遮り、何度か瞬くとキーリィは更に顔を擦り付けてそのまま黙り込んだ。
 一人ならば膝を抱えて首を垂れているだろうその所作に、返答を遮るその腕にされるがまま、悩んだ末に手を乗せるとびくりと一度震えたのである。

「ねえ、俺子供みたいでしょ――不安で不安で仕方がないよ、大好きなハリフォードに、愛想つかされるんじゃないかって。でもね」

 ハリフォードがしあわせなら。その姿を見ていたいって思う。そう、紡ぐことができなかった。

 再び押し黙ったキーリィが、ゆっくり瞼を閉じる。怖いのだ。


 がっしり離さない腕をしなやかな指先が二度小突く。暫しの間、漸く観念して腕の力がそろそろと緩んだ。


「希望が潰えたら、僕のところへおいで。僕はずっと好きでいるよ。キーリィ、君を悩まし影を与えるものあらば、僕が飲んでしまってもいい。僕はきっとその為にこの命を拾われた。僕を退け、君は明るい方へお行き。君は祝福されるために生まれたのだから」







 雨で目覚めた。
 瞼に、頬に、あの人が創ってくれたこの体に触れる雨粒が憎たらしい。
 いつの間に倒れていたのか、大好きなあの人の夢。
 曇天に黒い木々。重い体、握り締めた武器。
 ――狩らねば。大好きなあの人の名前を、価値をはかるものとした者たちを。
 あの人の名前は、あの人を呼ぶためにあるのだ。
 ああ、どこへ。どこへ。どこへ行けば。
 しあわせな夢。あの人との夢。

 身体が軋む。雨のせいだ。
 この身体は、あなたの幸せのためにあるのだ。雨などに、蝕まれてなるものか。

 けれど。
 
 優しいあの人は、拒むかもしれない。
 あの人の幸せに自分が影を落とすなら、身を引く方がずっといい。
 
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