人形師

「今日のお昼はステーキですよ」

 男は和やかに言って小さな花が散る皿に乗った肉をテーブルの上へ置いた。

「ソースは何にします? 色で言うなら、赤か白になりますけれど」

 花柄のポットを両手に持って、柔らかく笑う男のエプロンが真新しい。


「まあ、ずいぶん大きなお肉ね。お野菜はないの?」


 ステーキを前に椅子に腰掛けた初老の女性が男に訊ねる。
 男は若く、金の髪がふわふわ揺れて子供のような笑みを浮かべる。

「ええ、ミス・ローマイヤ。貴女が望むなら只今ご用意を」


 血色の良い唇が女性の手の甲へそっと押し当てられ、僅かに朱が乗る頬はふいと戸棚を向いた。
 男は小さな白い花の乗ったサラダを出し、柔らかく笑う。



「召し上がれ。ミス・ローマイヤ。今日も貴女が美しくありますよう」

「ありがとう。戴くわ。あらこのステーキ、少しくせがあるのね。サラダはドレッシングがほしいわ。あれ、私、どうして泣いているのかしら」
「それは貴女が娘さんを食べたからです。ミス・ローマイヤ。ドレッシングは赤がいいですか? 白がいいですか? あれ、気を失ってしまったのですか? 可愛らしい。貴女も、元旦那様の隣に植えてさしあげましょう。きっと素敵なサラダができるはずです」


***



「署長!! ミス・ローマイヤが息を引き取りました……!!」
「夢の中で殺されたか……体は丁重に埋葬してやれ、精神はもう、帰ってこんからな」


 小さな部屋に飛び込んできた若い警官は、涙を浮かべ一礼し部屋を出ていった。
 それを冷ややかに見ていた白い警官と、黒い警官は同時に署長へ眼を向ける。


「お前ら、ちょいと夢想世界行ってハリフォードを捕まえてこい。奴の精神を夢の中に閉じ込めてからこれで89人目だ。捕まえるのが無理なら何かに縛りつけてこい」
「無理です署長が目玉と腕と脚を片方ずつ持ってかれてる相手をどうにかおとなしくさせるなんて」

 抑揚のない声で言った黒い警官に車椅子にどっかりと座っている署長は笑った。

「一人じゃ無理だが二人ならいい。セレウス、シグナル。頼む」
「署長のお願いじゃあ断れるわけないじゃないですかァアアアア!!!!!!!!!!」
「煩いです先輩。耳剥ぎますよ先輩」
「署長!! シグナルが怖い!! 見た目通り真っ黒で怖い!!」
「お黙りなさい頭の中まで真っ白なんですか先輩」
「やだっ! 真っ白じゃないもん!! 眼はくりくりの黒だもん!! シグナルこそ眼は真っ白のくせにいい白眼!!」
「うっせ黙れ童貞」
「えっシグナル先輩泣いちゃうんだけどな」
「泣いてろ童貞」


 白い服の警官、セレウスは本当に眼に涙を溜め黒い警官を見つめるが、彼は署長の方へ体ごと向けており眼すら合わせてもらえない。
 署長は苦笑いしつつ一枚のカードを机の引き出しから取り出し二人の前にぶら下げる。



「夢想世界、夢の中で奴は“スペードのキング”だ。お前ら、離れんなよ」



 カードの中で黒い椅子に座る年若い男は笑っていた。
1/4ページ
スキ