まどろみ

 気が付けば、川の岩に引っ掛かっていた。重い首を巡らせば、追ってきた者が砂利の上に転がって、肌の色を変えていた。
 びしょ濡れで、這いつくばって。
 まるで、自分を見ているみたいだ。

(どうしよう、流れ、早いな……)


 よろりと岩の上に両手をついて身体を起こす。
 川はざあざあと音を立て、木の葉や枝を流していった。
 友なら、この程度と岸へ渡りきるに違いない。けれど自分の手足が水を掻き、岸へと上がるには流されて更に下流へ行った方が早いかもしれない。

 がたがたと身体が震えている。
 寒い、慣れているはずなのに。


「行かなくては……」



 友のもとへ。
 笑った顔が見たい。ありがとうって言いたい。
 強い人だ。一緒に笑おう、なんて。
 お礼が言いたい。
 あなたがいたから、私は生きてこれたのだと。


「咲夜ぁ……」


 会いたい。
 会いたい。


 ぽろぽろと涙を流してばかりだ。これでは、また呆れさせてしまう。

 岩へしがみつきながら、川へと足を下ろす。
 渡りきれば、どうにでもなる。



「……っ」



 会いに行くんだ。
 岸を見つめ、目指して、しがみついていた手を離した。

 川はざあざあと音を立てる。

 脇腹に、矢が刺さっていた。



「──え、……」




 脚、手のひらにまで。だれだ、じゃまをするやつは。

 倒れながらちらほらと人影が映る。木陰から飛び出して、指をさしている。


 追う者が一人のはずはなかった。砂利に倒れているやつは、いつもたくさん人を連れていたではないか。


 また川へと身が沈む。

 悔しい、この身体がありながら。






「おい、大丈夫かい?」



 川から掬い上げられたのは、いつ頃だったのだろう。辺りは暗くて、何も見えやしなかったけれども、抱き上げた身体を支える手は、乱暴だとは思えなかった。


「たす、けて……」



 優しい嘘をついて、おまえも私を連れ戻すのだとしても。
 友が無事なら、こんな思いをしなくていいのなら、縋ってでも。



「お前、それじゃあいかんよ。そのままじゃあ、化けちまうぞ」

「さくやを、たすけて……」

「こりゃだめだ、手遅れだ」




 後から聞いた。周りが何にも見えなかったのは、私が抱える色だって。
 気持ちが形になる場所なのだって。



「あんた、うちで働きなさい」
「なんでも、するよ」
「私、家族いないのよ。だから一緒に暮らしてちょうだい」
「……ひとつ、お願いをきいてくれたら」
「虎雄はなんだってできるわよ。気持ちがあれば」
「咲夜を助けて」
「泣き虫ね、あんた」



 いいわよ。


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