夜、橋から飛び降りた。

 深い水底へゆきたくて、どれだけ冷たいのかを知りたくて、その黒い水面は己の影を映してくれるのかを確かめたくて、飛び降りた。


 ざぶん。

 黒い水面はきらきらと光っていた。冷たい、きっとこれは冷たいというのだ。
 底には何があるだろうか。手探りで、触れるものはあるだろうか。ああ、目を閉じたまま流されて、何かにぶつかるだろうか。
 着物が底へと案内してはくれないだろうか。



「宵ノ進!!」




 あれ、引っ張り上げられてしまった。
 噎せながら、声の方に顔を向ければとても怖い表情。



「こわい、かお……」


 綺麗な顔を歪めて、ずぶ濡れの幼馴染はずいずいと岸へ引っ張った。


「何度目だ。ふざけるな。俺の身にもなれってんだ」
「ふふ、地が出てるよ。大瑠璃は、ないの。──」

「地が出てんのはてめえもだ。答えてやらねえよ」
「見えなかったよ」
「んー?」


 幼馴染の真っ黒い髪から水がぽたぽた垂れている。水を吸った着物をものともせず土手だろうが引っ張り上げる後ろ姿を見つめながら、言った。



「私は、水面に映らなかったよ」


 幼馴染は振り返った。
 真剣に、見つめる黒い目にだって私の姿は映らない。



「今は離れてもいねえだろうが」


 濡れた頭をぐしゃぐしゃ撫でられた。
 今髪を整えれば、引き剥がされたあの頃と同じ姿になるだろうか。


「行くぞ、宵」
「ねえ、──」


 昔の名前を呼んだら、幼馴染はなんだよ、と視線を寄越す。

「もう一度、飛び込んでいい?」
「お前、籠屋から出るな」




 次はぶん殴る。
 何度目かな、それは。
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