川底に月

「鉄に、好きって言われたんだ」


 物憂げにしているからどうしたのかと訊ねれば、呟くような雨雲のような、本人からすれば果てのない返事が返ってきた。
 決して生易しくはないその雨雲の中に軽々しく適当に言葉を投げ込んだなら、彼は本当に遠く、遠く誰も手も声も届かぬところへいってしまうのだろうって、横顔を見ながら思う。


「宵がどう思っているかだよ」
「昔、小さな鳥を見たことがあったでしょう。あのほわほわしたのが二羽くっついて枝に留まっているのがどうにも優しくて、羨めば羨むほど、添い遂げることを拒んでしまう。鉄は優しいひと。私を気遣って、言葉や景色をくれている。けれどね、咲夜。私は水面に浮いて流れていく花や枝になれたらと、思ってしまうんだよ。あのひとは、私の中身を飲み干したらつぶれてしまう」


 彼は度々橋の上から身を投げた。度々引っ張りあげるのだが、彼の夜の川底のような、何度も継ぎ足しされたものをひっくるめて、鉄は「好きだ」と言ったなら、そう物憂げにすることもないだろうに。


「宵、名前は教えたの?」


 目を伏せやんわり首を振る。



「何を求められているのか、わからなくなるから、教えない」



 どうか自分がいるうちに、名を呼ばれて笑う彼を見たいと思った。
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