只空虚

「ねえ、鉄は、どうして私といるの?」
「好きだからだよ」

「……、それは、どの“好き”……?」


 手のひらを重ね、自分のものよりふたまわりほど小さく収まる僅かな弾力と骨の感触を楽しみながら間へ指を押し込めば、何の抵抗もなく絡ませてくれた。
 そのまま短く揃えられた爪を撫で、指の関節をなぞり、手首に浮かんだ骨の形に口元を緩ませれば、ようやく眉を下げ、小さく名前を呼ぶ。
 拒絶ではない一歩手前の、怖いという彼なりの意思表示はいつも他者を傷付けずと曖昧で、だからこそこのように甘えてしまう者を出す。



「鉄、鉄二郎」



 その穏やかで僅かに高い声は脳髄を揺らし、彼の他者を優先する心に幾度も甘えてしまう。
 その真ん丸で金色を抱え込む瞳がいつも麗しく、恐れをはらめば更にいとおしく、鼻筋や輪郭や目の縁、耳の中まで指で辿りたい衝動も、受け入れてくれるのではないのかと錯覚できるほどに、嫌悪という色を乗せないこの人物は組み敷かれてなお只名を呼ぶばかりで、優しいその声がどんな行いも表情も許してくれそうで、今ここで涙を流したなら、彼は黙って背をさするのだろうと予想までついて。


 そうして、生きてきたのだろうか。
 慰めて、他者の背をさすってばかりいて。

 おまえは? 宵ノ進は? 誰かに背をさすってもらうようなこと、あったのかよ。



「鉄二郎、鉄ちゃん?」




 どこまでも優しいその声で、本音をさらしたことがあるだろうか。
 身体に触れられるのが嫌いなくせに、決して嫌なんて口にせず、物凄く怖がっているくせに、怖いなんて絶対に言わない。

 友人だと受け入れてくれているくせに、気遣いばかりの言葉が降って本音を隠してしまう彼は、とっくの昔に心を噛まればらばらにされ泣きながら繋ぎあわせて今の自分を作ったのだ。
 そうでなくては、こんなにも、友人のいやがることをしてまでも、どうにか心を揺さぶろうなど思い立つはずがない。



「宵ノ進、どこか行きたいところはあるか」
「……」



 問えば、金の瞳はぼんやりとして緩く瞬きをした。
 言葉を切らすことが珍しく、体を横たえているからだろうか、普段纏う他者との距離が、ほんの少し緩んだようにも思える。
 それはきっと錯覚で、そのような何かで、彼がばらばらにされた心ごと、恐ろしくおもう物事を笑い流せるくらいに楽しさでいっぱいにしてやりたいなどと、一方的な感情ではあるけれども気付いた瞬間から引き返せなかった。


「鉄ちゃんが一番きれいだと思うところ」

「わかった。連れてく」


「ねえ、鉄は、……てつじろうは、……」




 言葉が途切れる。
 そのつっかえた塊が本音だというのに、彼はくるしげに一度顔を歪めたあと、なんでもないと言って笑った。



 ああ、だから



 お前のそういうところが、。
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