ある夏至のこと

「わたくしも連れていってくださいまし!!」


 畳に両膝をついたまま見上げる彼女はいつも誰かが出かけ支度をするとしなやかな声を張り上げた。

 ころころ笑い歌を歌えば場を和ます彼女の、ただひとつの我が儘を呑んでやることはできない。

「すずはいつも留守番だろう」

 手をひらひら振ると藍の衣がゆらゆら彼女の顔の前をゆく。
 白地に桃色の花が描かれた和装の彼女は膝の上で小さな拳を作っていた。


「宵ノ進、おねがいです……」
「ここでの買い出しは男の仕事です」


 片膝をついて小さく言えば、彼女はそれきり押し黙ってしまった。

 小さく鈴が鳴る。

 鳴った鈴の音に顔を上げ、すぐさま襖を開け静かに宵ノ進は出て行った。


「呼ばれっぱなしだなあいつは」


 入れ違いに入ってきた肩までの黒髪をした男が、襖の奥に伸びる廊下を眺めていう。
 彼もまた和装だった。


「また、宵ノ進に置いていかれてしまいました……大瑠璃」


 声が震える。大瑠璃は横を通りすぎ、閉めきった障子にそっと背を預けた。
 彼は窓際や扉に寄りかかるのが好きなのだ。



「外に、出たい……」


「すずは、宵ノ進と外に出たい?」



 顔を向ければ真っ白な肌にさらさらした黒い髪、思考を呑み込む黒い瞳。
 瑠璃色の衣から白い手足を投げ出して、こちらを見ている眼差しは想いを見透かされそうで。

 “つくりもの”と客からいわれる彼も、出歩くのは屋根のついた庭だけなのに、そんなことをいう。
 スズは一年近く一緒に働いているが、大瑠璃の話の意図がわかった試しはなかった。



(すずは、生まれつき色素が薄いのに、日に当たりたいという)

「お店っ……お店が閉まった後なら…! 夜なら、歩けるのではないかと……」
「夜がいいんだ」


 店舗を囲む庭園の外は、和雑貨を扱う店の集まる観光地区らしいが。

「スズちゃん夜番のご案内してさしあげてぇ~」
「はいい!」

 大瑠璃はぱたぱたと慌てて奥の部屋へ行ったスズを目で追う。階段の軋む音を聞き、目を閉じようか悩んでいると襖が開き香水の匂いがした。

「大瑠璃っご指名がかかってるの出てくれないかしらあ」

 ピシャッと音をたて全開となった襖を弾いた指がそのまま大瑠璃へと向けられる。
 ピンクの和装に何故か足首丸出しの裂けたタイツ。お決まりなのか濃い紫のアイシャドー。
 自信に満ちたオーラを引っさげてこちらを見るのは気持ちは女な男の雇い主である。


「虎雄が香水の量を間違えたしいろんなほうに気持ち悪いから出れないと言って」
「あらあ困るわあ煩くて追い返せないのよお~サンバシのお客さんよお~」
「虎雄が追い返せない客なんているの? 引きこもりの俺が一度出たらあいつが来るよ」
「死ぬ前にあなたに会いたいんですって。宵ちゃんおつかい出てるからあなたしかいないわあ~出ろ」
「俺は会うだけだからね。何を求められても応じないよ」


 死に目に華を。

 何度この姿をさらせばいいの?

 何度お前が好きだと言われて先にゆかれたらいいの?


 何度看取れば気が済むのだろう。



 ああそれでも、宵がそんな目にあわないのなら。




「虎雄」
「あんたは、一度恋でもしたらいいのよ」
「体が女だったら結婚してくれって何度言われたと思ってるの?」
「そういうこと考えなくていいくらい他のことでいっぱいになれって言ってんのよ」
「それ、わざわざ口に出すわけ?」
「あんただからよ」





 いつ壊れたっておかしくないんだから。





籠屋のまだ人が薄い頃。
心配する店主と気持ちが倒れる寸前の大瑠璃。
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