まどろみ

「……」


 日は暮れ涼しい風が帳簿をぱらぱらと捲っていった。
 文台に突っ伏して寝ていたなどと、店主と暮らし始めたばかりの頃にしかなかったというのに。

「お休みで気が抜けたのでしょうか」


 少し離れた畳の上へ落ちている帳簿を拾うまで、泣いていることに気付かなかった。慌てて涙を拭うも、またはらりと頬を滑る。

 今日の賄いは香炉の番だし、することが帳簿の確認くらいのお休みが久しぶりで、気が緩んだりしたから昔のことを思い出したに違いない。



「宵ノ進、ご飯できたって。一緒に食べよう」
「羽鶴様……ええ、今、参ります」


 開いたままの襖からひょっこり顔を出した羽鶴に驚くも、暗い部屋であって助かったと胸を撫で下ろす。


「宵ノ進、そこにいるよね? 提灯の火、途中で消えちゃって見えなうわああ!」


 よろけた羽鶴を受け止めると、帳簿がもう一度畳へ投げ出された。

「ご、ごめん……! ああそうじゃなくて、ありがとう、助かったよ。また大瑠璃に馬鹿にされるところだった」
「お役に立てましたなら、嬉しく思います」
「ねえ宵ノ進はさ、どうしていつも敬語なの? 優しいけど、距離があるというかさ」


「いけませんか?」


 提灯の火が消えたのだって、私のせいなのですよ。



「宵ノ進?」
「あなたは、こちらへきてはなりません」



 優しい言葉を聴いて、たくさん笑って、きれいなものを見て、美味しいものを食べて、だいすきな人とあなたが生きていくなら。

 この距離があなたを守るなら。

「宵ノ進、どこ……?」




 一歩身を引いたところから、皆を守れるなら。
 どんなに涙が流れようとも

 あなたが泣くことに比べれば。
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