二.花と貴方へ
「いってらっしゃいませ、羽鶴様」
「うん、いってきます」
翌日、慌てることなく身支度を整え登校する羽鶴は足取りも軽く小走りで和の街並みを行く。ちらほらといる観光客らがカメラを持ったまま首を傾げている横を通り過ぎ、商い支度をしている店が並ぶ商店街の軒や看板に普段はない花飾りを見つけると丸い黒茶の瞳が大きく開かれた。
(そういえば、お祭りあるって言ってたな……朝日風邪だからすっごいぐずりそう)
昼から夜通しで行われる『花祭り』は秋頃に四季を祝う柊町のイベントである。大抵は昼間観光客で賑わい、夕方から夜間が町民がゆったりまったり祭りを楽しむものらしい。
(夜一人で出歩くなって言われてるし、行くなら誰かとかな……)
普段の商店街に加え出店も多く出る為広範囲で楽しめるらしいのを雨麟から聞いている。なんでもこの時期にしか出さない花酒が楽しみなんだとか。
(帰ったら考えよう)
普段よりもうんと早く学校へ到着した羽鶴は後からほぼ空の教室にやってきた榊がびくりとしたのを見逃さなかった。
「おはよ榊、今すんごいレアな体験したよ」
「おはよう羽鶴。未だかつて羽鶴がこんなに早く来たことがあっただろうか。何か良い事でもあったか?」
「いや特には……むしろ変に混んだかなあ。あ、これ宵ノ進のお土産」
前の席に腰掛けた榊に金魚を模った小箱を渡すと渋い表情が返ってくる。
「金魚館まるまるクッキー…………。随分とインパクトのある顔のやつを選んできたな……」
絵面はどちらかというと子供を泣かせにかかるのではと思う程度にはリアルである。
「あんまり可愛らしいのは食べた気がしないのではと思いまして……って言ってたよ。なんか違う気もするけどおいしかったこれ」
「物真似すんごく似てないな。はははむくれるなって…………うん」
箱を開けた榊が微妙な顔つきで中身を見つめる。クッキーとわかっていながらだいぶ本物に近い上厳つい顔つきの金魚が開けた者を凝視している。食べたのか、羽鶴。そんな心の声を奥に仕舞って、そういえば作る菓子もリアルを追及した工芸菓子が多い事を思い起こした。このセンス、姉貴には黙っておこう。
「ありがとな。よろしく伝えといてくれ」
「すんごい微妙な顔してたって言っとく」
「こんな試された気持ちになるクッキー渡されたの初めてだわ」
「試してる気全くないと思うけど。あれだよ、普段すごいの作ってるからこの辺りで妥協したんだと思う」
「まあそれはわかる。そういや今日早上がりなの知ってるか?」
「え? そうだっけ? お昼持ってきちゃった」
「ははは。今日は花祭りだから昼までだって担任言ってたろ。食ってから帰るか」
「そうしようかな。そういえば榊は花祭り行くの?」
「勿論だ……デートだからな…………」
「お、おう……」
顔の前で両手を組んだ榊に気圧され気味の羽鶴は、そういえばこの友人は大抵優秀にこなす割に彼女第一であることを思い出した。
「日が沈んでからデートの約束なんだよ。そう、だから今日はなんだってできる」
「僕榊も人間なんだなあって安心する時があるよ」
「可能性は無限大だからな」
「頭の中いっぱいになってない? 雨麟にべったりなツツジさんみたい」
「…………?? 待て羽鶴、ツツジさんに会ったのか……?」
「え? 榊ツツジさん知ってるの? 一昨日来て昨日帰ったよ」
聞くなり榊は組んだ両手を額に押し付けじっと机を見たまま動かなくなった。
「榊? 榊~。そろそろ席の持ち主と担任来るよ榊~。コーヒーとかしまえ榊~」
「圧倒的歌唱力を持ちながら披露することをせず独自に楽器を開発しスタジオを作り所持しては指導してくれる滅多に里に来ないツツジさんが!? 一泊!?」
「う、うん……? 歌そんなに上手いんだ……? 聞いたことないなあいい匂いはしたけど」
「最っっっっっ高にファン……!! 歌楽館まで遠いんだよ……なんということだ羽鶴握手してくれ……」
「う、うん……」
「今度連れてくから……」
「座れ、二条院」
握手をした辺りで入ってきた担任が何事かという目を向けている。めったにされない注意を受けた優等生はコーヒーを掴むと一気飲みし本日の連絡事項を簡潔に纏め述べながら自分の席に着き「以上です」と告げたきり両手を組んで何やら考え事をしていた。
「うん、いってきます」
翌日、慌てることなく身支度を整え登校する羽鶴は足取りも軽く小走りで和の街並みを行く。ちらほらといる観光客らがカメラを持ったまま首を傾げている横を通り過ぎ、商い支度をしている店が並ぶ商店街の軒や看板に普段はない花飾りを見つけると丸い黒茶の瞳が大きく開かれた。
(そういえば、お祭りあるって言ってたな……朝日風邪だからすっごいぐずりそう)
昼から夜通しで行われる『花祭り』は秋頃に四季を祝う柊町のイベントである。大抵は昼間観光客で賑わい、夕方から夜間が町民がゆったりまったり祭りを楽しむものらしい。
(夜一人で出歩くなって言われてるし、行くなら誰かとかな……)
普段の商店街に加え出店も多く出る為広範囲で楽しめるらしいのを雨麟から聞いている。なんでもこの時期にしか出さない花酒が楽しみなんだとか。
(帰ったら考えよう)
普段よりもうんと早く学校へ到着した羽鶴は後からほぼ空の教室にやってきた榊がびくりとしたのを見逃さなかった。
「おはよ榊、今すんごいレアな体験したよ」
「おはよう羽鶴。未だかつて羽鶴がこんなに早く来たことがあっただろうか。何か良い事でもあったか?」
「いや特には……むしろ変に混んだかなあ。あ、これ宵ノ進のお土産」
前の席に腰掛けた榊に金魚を模った小箱を渡すと渋い表情が返ってくる。
「金魚館まるまるクッキー…………。随分とインパクトのある顔のやつを選んできたな……」
絵面はどちらかというと子供を泣かせにかかるのではと思う程度にはリアルである。
「あんまり可愛らしいのは食べた気がしないのではと思いまして……って言ってたよ。なんか違う気もするけどおいしかったこれ」
「物真似すんごく似てないな。はははむくれるなって…………うん」
箱を開けた榊が微妙な顔つきで中身を見つめる。クッキーとわかっていながらだいぶ本物に近い上厳つい顔つきの金魚が開けた者を凝視している。食べたのか、羽鶴。そんな心の声を奥に仕舞って、そういえば作る菓子もリアルを追及した工芸菓子が多い事を思い起こした。このセンス、姉貴には黙っておこう。
「ありがとな。よろしく伝えといてくれ」
「すんごい微妙な顔してたって言っとく」
「こんな試された気持ちになるクッキー渡されたの初めてだわ」
「試してる気全くないと思うけど。あれだよ、普段すごいの作ってるからこの辺りで妥協したんだと思う」
「まあそれはわかる。そういや今日早上がりなの知ってるか?」
「え? そうだっけ? お昼持ってきちゃった」
「ははは。今日は花祭りだから昼までだって担任言ってたろ。食ってから帰るか」
「そうしようかな。そういえば榊は花祭り行くの?」
「勿論だ……デートだからな…………」
「お、おう……」
顔の前で両手を組んだ榊に気圧され気味の羽鶴は、そういえばこの友人は大抵優秀にこなす割に彼女第一であることを思い出した。
「日が沈んでからデートの約束なんだよ。そう、だから今日はなんだってできる」
「僕榊も人間なんだなあって安心する時があるよ」
「可能性は無限大だからな」
「頭の中いっぱいになってない? 雨麟にべったりなツツジさんみたい」
「…………?? 待て羽鶴、ツツジさんに会ったのか……?」
「え? 榊ツツジさん知ってるの? 一昨日来て昨日帰ったよ」
聞くなり榊は組んだ両手を額に押し付けじっと机を見たまま動かなくなった。
「榊? 榊~。そろそろ席の持ち主と担任来るよ榊~。コーヒーとかしまえ榊~」
「圧倒的歌唱力を持ちながら披露することをせず独自に楽器を開発しスタジオを作り所持しては指導してくれる滅多に里に来ないツツジさんが!? 一泊!?」
「う、うん……? 歌そんなに上手いんだ……? 聞いたことないなあいい匂いはしたけど」
「最っっっっっ高にファン……!! 歌楽館まで遠いんだよ……なんということだ羽鶴握手してくれ……」
「う、うん……」
「今度連れてくから……」
「座れ、二条院」
握手をした辺りで入ってきた担任が何事かという目を向けている。めったにされない注意を受けた優等生はコーヒーを掴むと一気飲みし本日の連絡事項を簡潔に纏め述べながら自分の席に着き「以上です」と告げたきり両手を組んで何やら考え事をしていた。