二.花と貴方へ
「う~、怒られちゃったよ鶴ちゃ~ん!! こーちゃん朝日もうバタバタしないからあ! めってしないでえ!!」
「……むり……あさひ、わすれるから……」
「うあああ~ん鶴ちゃん朝日ちゃんスーパー勝利してきたのにぃ~!! ほめてほめて!!」
「何に勝ってきたんだ朝日は……」
「え? 野球拳!」
「……………………めっ」
「うわあああん鶴ちゃんにまで怒られたあああ!! 健全だもん!! 良識の範囲内だもん!!」
普段ならば暖簾をめくった時点で摘まみ出されているのだが、止める人物がいない。賑やかな厨房でふと羽鶴は首をかしげる。大座敷担当の朝日がいるということは、もう客は全員帰ったのだろうか。
「もしかしてもう全部終わっちゃった?」
「だからあ……朝日ちゃん野球拳で全員帰したって言ったじゃん……朝日に負けたらお開きって帰したのに……鶴ちゃんひどい、えっち!!」
「え、は?? ちょっと待ってさっきのは悪かったけどどういうこと?!」
「まぁ要するに只のじゃんけんで客を帰したから誉めてくれと……というか煩いよ。ここ厨房なんだけど。行くよ朝日」
「うえ~出たな宵ちゃんちくり丸め!」
「あー黙っておくのやめたわ。朝日が厨房で喚き散らしてたって一番に言うわ。鶴もおいで、片付け片付け」
ひょっこり顔を出した大瑠璃に、朝日がぎゃんぎゃん喚きながら飛び付いて出て行き、羽鶴も香炉に軽食の礼を言ってから後を追う。わーぎゃーと舌戦を繰り広げる看板二人の後ろ姿に何故だか不思議な気分になった。
(引き寄せ刀が追いかけてくるのは、大瑠璃がほしいから……? …………なんか、やだな……。髪だって、伸びてきてるけどあげなくてもよかったのに……ていうか伸びるの早いな……)
「朝日ちゃんは三段アイスクリームを所望する!! もしくはふあふあのパンケーキだ!!」
「こんな夜に駄々こねるんじゃありません。甘味なら干菓子とかあるじゃない。こないだのすばめ屋からのお菓子、相当気に入ったんだ?」
「昴ちゃんは美味しい洋菓子くれるんだもん!! オッシャレーなカフェに行って綺麗で美味しいオシャレなケーキとか食べさせてくれるもん!! プチカップケーキって面白いって大瑠璃だって言ってたじゃああん!!」
「今度昴に連れてってもらいなよ。ないものはない。……ああ夏馬にもらったイイトコのチョコレートならあるか」
「!! 終わったら頂戴!!」
「さっさと片付けたらご飯の後にでも。鶴、下ばかり向いてると躓くよ」
「ああうん」
お膳を厨房へ戻し、会計と戸締りを終えた白鈴が香炉と洗い物をしている中、座敷と個室を綺麗にしてがらりと開けた障子越しの夜の空気に羽鶴は星の散る空を見上げる。
静かだ。虫の声ひとつない。
「鶴ちゃんセンチメンタルになるにはまだ早い、我々の戦いは始まったばかりだ……!」
「朝日うるさい」
「大瑠璃のばかあぁあ……!!」
「チョコやるのやめたわ。飯食って寝ろ」
「うわあああん鶴ちゃん大瑠璃意地悪だよお!! 不完全燃焼なっちゃうよお!!」
「僕からは何も言えぬ」
「う~鶴ちゃんの裏切り者ぉ!! 二人で片付けちまええ!!!」
朝日は襖をすぱんと閉めるとばたばたと走って行ってしまった。
「放置しやがった……」
「大瑠璃怖い顔してるよ。昼間のこと根に持ってるんだ?」
「持つとも。朝から煽ってきたからね。そのくせ飛ばしすぎてばててるからどちらも自業自得というやつだね」
「あれでばててるのかよ……」
「鶴寒い、閉めるよ」
大瑠璃の閉めた障子の音だけが響いた。流れるような所作、伸びかけの黒髪から覗く白い首筋。視線を流して、そっと膝を折った先でひっそりと室内を照らしていた行灯を吹き消した。
灯りを失い輪郭が曖昧になった暗闇で足裏の畳の感触さえおぼろげに、背後にあるはずの襖と柱へ手を伸ばそうか、一瞬の躊躇に羽鶴は気付いてしまった。暗闇と振り返る事への恐れ。籠屋で振り返る事への恐れがここに来て日も浅いというのに染着いてしまっている。
暗い廊下、あるはずもない道。黒い川に飲み込まれていった豪奢な着物。
後退るには、ここの人間たちに心を許してしまっている。目の前の暗闇にいるはずの漆黒の眼を振り切ることが恐ろしい。紐解けば紐解くほど絡み合って、見透かされてゆくような。
「鶴、宵が帰ってきたら、一人で暗がりに行っちゃいけないよ。必ず誰かといるんだよ。そうだ、夏馬からもらったチョコレート、食べる? あいつ目利きはいいから」
大瑠璃は羽鶴の腕を掴むと襖を開けて引っ張ってゆく。等間隔で吊られている小さな行灯がぼんやりと照らす廊下を抜け、厨房のある座敷へ羽鶴を放り込むと三階へ行ってしまった。
「あ、羽鶴さんご飯ありますよ? どのくらいがいいでしょう? 夜ですから少なめですか?」
「ええと、少なめで……」
白鈴がふわふわと笑って厨房の暖簾をくぐっていくと程なくして羽鶴の前にお膳を置く。座布団の上にちんまりと座る羽鶴は向かい側に座る白鈴の控え目な量の食事に皆そうなのだろうかと内心首を傾げた。
「あれ、そういえば朝日は? 先に行ったはずだけど」
「朝日はおかずを少しつまんでお風呂に行っちゃいましたね。今日は降りてこないと思いますよ」
「っあー!!! 虎雄の奴長話しやがって!!! 歳かってンだ!! 俺だけ片づけなンもできなかったじゃねえか!!! すまねえ!!!」
襖をスパンと開け放った雨麟がずかずかと歩いては定位置の座布団に胡坐をかくと両腕を組んで眉間に皺まで寄せている。短い上がり眉がさらに吊り上がっているような気がする。
「みんなでやっちゃったから多分気にしないと思うよ? 雨麟、煙管いる?」
「う~、担当は俺なのに! 場所決まってンだ構わンでいい」
「雨麟……多め? 軽め……?」
「半分!!」
「よかった……はんぶんこ、しよう……」
香炉が雨麟と半々の食事を運び、ずかずか歩くピンク頭が厨房から抱えてきた酒瓶に羽鶴は眼を見開いては大きく瞬いた。
「雨麟それ、お酒じゃない?」
「お? いいだろ今日は日本酒!」
座布団の隣に置かれた酒瓶にようやく笑ったピンク頭は固まる羽鶴に構わず兎の描かれた箸を取る。
「ちがう、雨麟そこじゃない……雨麟未成年でしょ……? いやもう煙管の時点でそうなんだけど体に悪くない……?」
「いやァ雨麟ちゃンはどちらもないと生きてけないンですう~! ちゃンとなンか腹に入れてから飲むからよ! 洋菓子に入ってる洋酒的な! 酒蒸し的な!」
「可愛い声で言ってもダメですー!! ものすごく適当なこと言ってるうううう!! 何で!? 黙認なの!?」
「羽鶴はスカッとしたい時に炭酸飲ンだりしないか?」
「たまに飲むけど……いや僕流されないぞ、炭酸にすればいいじゃん、雨麟の体が心配!」
「聞け羽鶴……炭酸では間に合わン時があるのだ……洋酒入りのチョコがあるように……まァそンなもンだ」
「己が洋菓子やチョコレートであると……!! うっ舌出してもダメ! お酒仕舞おう!?」
「うりん、はつる……料理、冷める……」
「はい」
「すいませんでした」
静かに食べ始めた二人に白鈴がくすくすと笑っている。案外食べ進めるのが早いのは口数が少ないからであろう。
「香炉、適当につまんでいい? ほらこれ、みんなで食べなよ。杯ボンボンから」
「あ、まって、おおるりのも、あるから……」
珍しく慌てたように立ち上がった香炉は、畳の真ん中に落ち着いた色合いの平箱をポンと置いた大瑠璃と厨房へ行く。よく見れば艶を抑えた箔押しの模様が施され、おそらく製造元の名前がデザインされているのだろうが絵柄に紛れている上に語学が苦手な羽鶴には読み取れない。きっとこれがイイトコのチョコレートだ。
朝日といい大瑠璃といい、看板を背負うタイプの人物はどうしてこう自由なのだろう。あわあわとする香炉などそう見れたものではない。普段から振り回されているにしろ、今日はどこか気が抜けているような。
「うーン、大瑠璃のチョコつまンだら、これは部屋で飲むかあ」
「結局飲むのか!? うう僕の制止を振り切るのか?」
「大瑠璃、開けていいですか? 綺麗な箱ですね~」
「適当に開けて食べるといいよ」
「わあ、ありがとうございます~! ……! 美味しい~……!」
頬に手のひらを押し当てて笑顔になった白鈴から花が飛んでいるような気がする。
おかずが少しずつ乗った一皿を淡々と食べる大瑠璃は、食べ終わると香炉の淹れたお茶を飲んでは食器を纏めて下げに行く。途中チョコをひょいとつまんで口に放ると、白鈴に「お行儀わるいですよ!」と窘められるも笑って厨房へ行ってしまった。
皆食べ終わり、羽鶴が食器を下げに行くと白い手がお膳を受け取った。
「え、大瑠璃僕が洗うよ」
「うーんそれなら手伝って。香炉を寝かせた方がいいね、張り切りすぎ。厨房閉めるまで気が気じゃないだろうから、さっさと片づけてしまおう」
「ああそれでなんだかいつもと違うんだ。大瑠璃が働いてるところなんてなんか変な感じす……でっ!!」
洗いながら羽鶴の尻に蹴りを入れた大瑠璃は無言である。充分痛むのを堪えながら手伝う羽鶴は、こなれた手つきに先程の疑問がちらついた。
(なんでこんなに慣れてるんだ……? 香炉もすぐに片づけちゃうけど、それより慣れてる気がする……)
また尻を蹴られるわけにはいかないので飲み込む羽鶴だが、宣言通りにさっさと片づけてしまった大瑠璃に続いて座敷の火を落とす。
酒瓶を抱えて小さな舌を出した雨麟を走って追いかけるも止める者はおらず、後ろから小さくおやすみと聞こえた気がした。
「……むり……あさひ、わすれるから……」
「うあああ~ん鶴ちゃん朝日ちゃんスーパー勝利してきたのにぃ~!! ほめてほめて!!」
「何に勝ってきたんだ朝日は……」
「え? 野球拳!」
「……………………めっ」
「うわあああん鶴ちゃんにまで怒られたあああ!! 健全だもん!! 良識の範囲内だもん!!」
普段ならば暖簾をめくった時点で摘まみ出されているのだが、止める人物がいない。賑やかな厨房でふと羽鶴は首をかしげる。大座敷担当の朝日がいるということは、もう客は全員帰ったのだろうか。
「もしかしてもう全部終わっちゃった?」
「だからあ……朝日ちゃん野球拳で全員帰したって言ったじゃん……朝日に負けたらお開きって帰したのに……鶴ちゃんひどい、えっち!!」
「え、は?? ちょっと待ってさっきのは悪かったけどどういうこと?!」
「まぁ要するに只のじゃんけんで客を帰したから誉めてくれと……というか煩いよ。ここ厨房なんだけど。行くよ朝日」
「うえ~出たな宵ちゃんちくり丸め!」
「あー黙っておくのやめたわ。朝日が厨房で喚き散らしてたって一番に言うわ。鶴もおいで、片付け片付け」
ひょっこり顔を出した大瑠璃に、朝日がぎゃんぎゃん喚きながら飛び付いて出て行き、羽鶴も香炉に軽食の礼を言ってから後を追う。わーぎゃーと舌戦を繰り広げる看板二人の後ろ姿に何故だか不思議な気分になった。
(引き寄せ刀が追いかけてくるのは、大瑠璃がほしいから……? …………なんか、やだな……。髪だって、伸びてきてるけどあげなくてもよかったのに……ていうか伸びるの早いな……)
「朝日ちゃんは三段アイスクリームを所望する!! もしくはふあふあのパンケーキだ!!」
「こんな夜に駄々こねるんじゃありません。甘味なら干菓子とかあるじゃない。こないだのすばめ屋からのお菓子、相当気に入ったんだ?」
「昴ちゃんは美味しい洋菓子くれるんだもん!! オッシャレーなカフェに行って綺麗で美味しいオシャレなケーキとか食べさせてくれるもん!! プチカップケーキって面白いって大瑠璃だって言ってたじゃああん!!」
「今度昴に連れてってもらいなよ。ないものはない。……ああ夏馬にもらったイイトコのチョコレートならあるか」
「!! 終わったら頂戴!!」
「さっさと片付けたらご飯の後にでも。鶴、下ばかり向いてると躓くよ」
「ああうん」
お膳を厨房へ戻し、会計と戸締りを終えた白鈴が香炉と洗い物をしている中、座敷と個室を綺麗にしてがらりと開けた障子越しの夜の空気に羽鶴は星の散る空を見上げる。
静かだ。虫の声ひとつない。
「鶴ちゃんセンチメンタルになるにはまだ早い、我々の戦いは始まったばかりだ……!」
「朝日うるさい」
「大瑠璃のばかあぁあ……!!」
「チョコやるのやめたわ。飯食って寝ろ」
「うわあああん鶴ちゃん大瑠璃意地悪だよお!! 不完全燃焼なっちゃうよお!!」
「僕からは何も言えぬ」
「う~鶴ちゃんの裏切り者ぉ!! 二人で片付けちまええ!!!」
朝日は襖をすぱんと閉めるとばたばたと走って行ってしまった。
「放置しやがった……」
「大瑠璃怖い顔してるよ。昼間のこと根に持ってるんだ?」
「持つとも。朝から煽ってきたからね。そのくせ飛ばしすぎてばててるからどちらも自業自得というやつだね」
「あれでばててるのかよ……」
「鶴寒い、閉めるよ」
大瑠璃の閉めた障子の音だけが響いた。流れるような所作、伸びかけの黒髪から覗く白い首筋。視線を流して、そっと膝を折った先でひっそりと室内を照らしていた行灯を吹き消した。
灯りを失い輪郭が曖昧になった暗闇で足裏の畳の感触さえおぼろげに、背後にあるはずの襖と柱へ手を伸ばそうか、一瞬の躊躇に羽鶴は気付いてしまった。暗闇と振り返る事への恐れ。籠屋で振り返る事への恐れがここに来て日も浅いというのに染着いてしまっている。
暗い廊下、あるはずもない道。黒い川に飲み込まれていった豪奢な着物。
後退るには、ここの人間たちに心を許してしまっている。目の前の暗闇にいるはずの漆黒の眼を振り切ることが恐ろしい。紐解けば紐解くほど絡み合って、見透かされてゆくような。
「鶴、宵が帰ってきたら、一人で暗がりに行っちゃいけないよ。必ず誰かといるんだよ。そうだ、夏馬からもらったチョコレート、食べる? あいつ目利きはいいから」
大瑠璃は羽鶴の腕を掴むと襖を開けて引っ張ってゆく。等間隔で吊られている小さな行灯がぼんやりと照らす廊下を抜け、厨房のある座敷へ羽鶴を放り込むと三階へ行ってしまった。
「あ、羽鶴さんご飯ありますよ? どのくらいがいいでしょう? 夜ですから少なめですか?」
「ええと、少なめで……」
白鈴がふわふわと笑って厨房の暖簾をくぐっていくと程なくして羽鶴の前にお膳を置く。座布団の上にちんまりと座る羽鶴は向かい側に座る白鈴の控え目な量の食事に皆そうなのだろうかと内心首を傾げた。
「あれ、そういえば朝日は? 先に行ったはずだけど」
「朝日はおかずを少しつまんでお風呂に行っちゃいましたね。今日は降りてこないと思いますよ」
「っあー!!! 虎雄の奴長話しやがって!!! 歳かってンだ!! 俺だけ片づけなンもできなかったじゃねえか!!! すまねえ!!!」
襖をスパンと開け放った雨麟がずかずかと歩いては定位置の座布団に胡坐をかくと両腕を組んで眉間に皺まで寄せている。短い上がり眉がさらに吊り上がっているような気がする。
「みんなでやっちゃったから多分気にしないと思うよ? 雨麟、煙管いる?」
「う~、担当は俺なのに! 場所決まってンだ構わンでいい」
「雨麟……多め? 軽め……?」
「半分!!」
「よかった……はんぶんこ、しよう……」
香炉が雨麟と半々の食事を運び、ずかずか歩くピンク頭が厨房から抱えてきた酒瓶に羽鶴は眼を見開いては大きく瞬いた。
「雨麟それ、お酒じゃない?」
「お? いいだろ今日は日本酒!」
座布団の隣に置かれた酒瓶にようやく笑ったピンク頭は固まる羽鶴に構わず兎の描かれた箸を取る。
「ちがう、雨麟そこじゃない……雨麟未成年でしょ……? いやもう煙管の時点でそうなんだけど体に悪くない……?」
「いやァ雨麟ちゃンはどちらもないと生きてけないンですう~! ちゃンとなンか腹に入れてから飲むからよ! 洋菓子に入ってる洋酒的な! 酒蒸し的な!」
「可愛い声で言ってもダメですー!! ものすごく適当なこと言ってるうううう!! 何で!? 黙認なの!?」
「羽鶴はスカッとしたい時に炭酸飲ンだりしないか?」
「たまに飲むけど……いや僕流されないぞ、炭酸にすればいいじゃん、雨麟の体が心配!」
「聞け羽鶴……炭酸では間に合わン時があるのだ……洋酒入りのチョコがあるように……まァそンなもンだ」
「己が洋菓子やチョコレートであると……!! うっ舌出してもダメ! お酒仕舞おう!?」
「うりん、はつる……料理、冷める……」
「はい」
「すいませんでした」
静かに食べ始めた二人に白鈴がくすくすと笑っている。案外食べ進めるのが早いのは口数が少ないからであろう。
「香炉、適当につまんでいい? ほらこれ、みんなで食べなよ。杯ボンボンから」
「あ、まって、おおるりのも、あるから……」
珍しく慌てたように立ち上がった香炉は、畳の真ん中に落ち着いた色合いの平箱をポンと置いた大瑠璃と厨房へ行く。よく見れば艶を抑えた箔押しの模様が施され、おそらく製造元の名前がデザインされているのだろうが絵柄に紛れている上に語学が苦手な羽鶴には読み取れない。きっとこれがイイトコのチョコレートだ。
朝日といい大瑠璃といい、看板を背負うタイプの人物はどうしてこう自由なのだろう。あわあわとする香炉などそう見れたものではない。普段から振り回されているにしろ、今日はどこか気が抜けているような。
「うーン、大瑠璃のチョコつまンだら、これは部屋で飲むかあ」
「結局飲むのか!? うう僕の制止を振り切るのか?」
「大瑠璃、開けていいですか? 綺麗な箱ですね~」
「適当に開けて食べるといいよ」
「わあ、ありがとうございます~! ……! 美味しい~……!」
頬に手のひらを押し当てて笑顔になった白鈴から花が飛んでいるような気がする。
おかずが少しずつ乗った一皿を淡々と食べる大瑠璃は、食べ終わると香炉の淹れたお茶を飲んでは食器を纏めて下げに行く。途中チョコをひょいとつまんで口に放ると、白鈴に「お行儀わるいですよ!」と窘められるも笑って厨房へ行ってしまった。
皆食べ終わり、羽鶴が食器を下げに行くと白い手がお膳を受け取った。
「え、大瑠璃僕が洗うよ」
「うーんそれなら手伝って。香炉を寝かせた方がいいね、張り切りすぎ。厨房閉めるまで気が気じゃないだろうから、さっさと片づけてしまおう」
「ああそれでなんだかいつもと違うんだ。大瑠璃が働いてるところなんてなんか変な感じす……でっ!!」
洗いながら羽鶴の尻に蹴りを入れた大瑠璃は無言である。充分痛むのを堪えながら手伝う羽鶴は、こなれた手つきに先程の疑問がちらついた。
(なんでこんなに慣れてるんだ……? 香炉もすぐに片づけちゃうけど、それより慣れてる気がする……)
また尻を蹴られるわけにはいかないので飲み込む羽鶴だが、宣言通りにさっさと片づけてしまった大瑠璃に続いて座敷の火を落とす。
酒瓶を抱えて小さな舌を出した雨麟を走って追いかけるも止める者はおらず、後ろから小さくおやすみと聞こえた気がした。