二.花と貴方へ
「おやぁ夏くん、瑠璃ちゃんいらっしゃい」
裏口の引き戸をからからと開けて入ってきたというのに悠長まったりにこにこと出迎えた男は白い着流しにふわふわの白い長髪を派手な花飾りで留め、双方に劣らぬ白さの肌をいいことに目頭から目尻までを真っ赤に縁取っては紫と青のアイシャドーを入れている。
大きな青紫の眼を人懐こく細めて笑い、常に口角の上がっている珊瑚色の唇は話すと牙が覗く。
日照りの影で薄暗く、天井から髪飾りや飾り紐が吊り下げられ、控え目な和柄の小箱を仕切りとして香り袋や化粧道具がずらりと並ぶ店内で佇む白い男の頭には大きな狐の耳が生えている。
「こんちは! 銀次の兄ちゃん大瑠璃を変装させてくれや」
「は? 夏馬もういいでしょ銀次も乗ることないよ」
「ううん? 夏ちゃんはお客として頼んどるのか? 瑠璃ちゃん嫌がっとらんかや?」
「客として! 金ならある!! お頼み申す!! 綺麗系で!!」
「夏馬もういいこのまま行くから」
首をかしげた白い男の大きな耳がぴょこんと揺れ、手首を掴んだままの夏馬に殺気立つ大瑠璃とを見比べてはまた逆の方向へ首をかしげた。
「銀次、今度朝日とゆっくり来るから。離せや夏馬」
「喧嘩しとるのか? 塩柚子の飴玉やるからちょいと座ったらどうかのう」
困った、というのを隠しもせずに垂れる銀次の太眉がいたたまれない。竹籠から吹寄文の和紙にくるまれた飴玉をひょいと取っては二人に渡し、ううむと心配そうに瞬きをしている。
「瑠璃ちゃんは気乗りしとらんのじゃろ? 無理強いは好かんしお化粧綺麗にしとるからわしが筆を走らすのも気が引けるんじゃがのう」
畳の椅子に座っていた大瑠璃が黙って飴を口に入れたのに少しほっとして、銀次は口が不満だという形の夏馬に続ける。
「夏くんうちは貸衣装屋じゃけれども、服は着られるもんじゃし、今回は髪と眼えだけ変えてみんか? 瑠璃ちゃんもどうかのう。自分で簡単に外せるから楽じゃし」
「それならいいよ」
「兄ちゃん大瑠璃だってばれない色ある? 俺が選ぶから大瑠璃は座ってて」
「変な色選んだら二度と会わないから」
「瑠璃ちゃん柘榴のジュースどうぞ~。夏くんこの中から好きなの選んでくりゃあ」
ぱっと笑った銀次は畳んだ紙束をずらりと左右に広げ、赤から始まるグラデーションを夏馬は真剣な顔で見つめる。
あれやこれやと会話する二人の奥には秋晴れでくっきりと明るい大通りが見え、ちらほら人が通っていく。派手な長暖簾は入り口の半分ほどを埋めており、火の入っていない飾り提灯のせいもあって完全に日陰で薄暗い。小窓の障子から透ける扇や薬玉をあしらった色が店内を這い、うとうとと眠たくなってくるのはふんわりと漂う香り袋の効果でもある。
大通りに面していながら、開いているのかいないのか看板もなければ売り込み宣伝もしないこの薄暗い貸衣装屋は穴場らしく一部の観光客と柊町住民からは贔屓にされている。ずらりと並ぶ品揃え、好みに合わせて装飾や香り袋、化粧や衣装、入れ墨までもを作り整え提供するこの店はいつ来ても他に客が居ない為ゆっくり楽しめる。
銀次一人がまったりその辺でシャボン玉を吹きながらゆったり会話するスタイルをえらく朝日が気に入って、休みの日はよく通っているらしい。
「銀次の兄ちゃんその耳触っていい? 動くしほんとよくできてるよね」
「いやじゃあくすぐったいんじゃあ。触ったらこの話はなかったことにしてくりゃれ」
「企業秘密というやつか……! ああそれで眼の色はこれがいいんだけど」
「そうそう秘密は大事じゃよ~わからんことがあってもいいんじゃよ~うむでは形かの」
にこにこと話を進めている銀次の頭の上に陣取っている耳がぴょこぴょこ動いている。銀次は白狐――妖狐なのだが、観光客や柊町住民は観光客向けの客引きで始めたコスプレだと思っている。
大瑠璃もそうだと思っていたのだが、初めて銀次の店に立ち寄った帰り道で宵ノ進が「ああ、妖狐ですね」と言っていたので後日真顔で尋ねると「うええばらさんでくれぇ」と困り顔であわあわされた。どうも耳と尻尾を同時に隠せないので、触られる心配の薄い耳を残しているらしい。
柘榴のジュースをいただいていると、自信に溢れた顔つきで夏馬が小道具を両手に抱えて戻ってくる。
時刻はたいして気に掛ける程でもない。夏馬の隣でにこにこしているこの妖狐、仕草言動はまったりしているが作業だけは手早いので選んでしまえばすぐに整えてしまうのである。
裏口の引き戸をからからと開けて入ってきたというのに悠長まったりにこにこと出迎えた男は白い着流しにふわふわの白い長髪を派手な花飾りで留め、双方に劣らぬ白さの肌をいいことに目頭から目尻までを真っ赤に縁取っては紫と青のアイシャドーを入れている。
大きな青紫の眼を人懐こく細めて笑い、常に口角の上がっている珊瑚色の唇は話すと牙が覗く。
日照りの影で薄暗く、天井から髪飾りや飾り紐が吊り下げられ、控え目な和柄の小箱を仕切りとして香り袋や化粧道具がずらりと並ぶ店内で佇む白い男の頭には大きな狐の耳が生えている。
「こんちは! 銀次の兄ちゃん大瑠璃を変装させてくれや」
「は? 夏馬もういいでしょ銀次も乗ることないよ」
「ううん? 夏ちゃんはお客として頼んどるのか? 瑠璃ちゃん嫌がっとらんかや?」
「客として! 金ならある!! お頼み申す!! 綺麗系で!!」
「夏馬もういいこのまま行くから」
首をかしげた白い男の大きな耳がぴょこんと揺れ、手首を掴んだままの夏馬に殺気立つ大瑠璃とを見比べてはまた逆の方向へ首をかしげた。
「銀次、今度朝日とゆっくり来るから。離せや夏馬」
「喧嘩しとるのか? 塩柚子の飴玉やるからちょいと座ったらどうかのう」
困った、というのを隠しもせずに垂れる銀次の太眉がいたたまれない。竹籠から吹寄文の和紙にくるまれた飴玉をひょいと取っては二人に渡し、ううむと心配そうに瞬きをしている。
「瑠璃ちゃんは気乗りしとらんのじゃろ? 無理強いは好かんしお化粧綺麗にしとるからわしが筆を走らすのも気が引けるんじゃがのう」
畳の椅子に座っていた大瑠璃が黙って飴を口に入れたのに少しほっとして、銀次は口が不満だという形の夏馬に続ける。
「夏くんうちは貸衣装屋じゃけれども、服は着られるもんじゃし、今回は髪と眼えだけ変えてみんか? 瑠璃ちゃんもどうかのう。自分で簡単に外せるから楽じゃし」
「それならいいよ」
「兄ちゃん大瑠璃だってばれない色ある? 俺が選ぶから大瑠璃は座ってて」
「変な色選んだら二度と会わないから」
「瑠璃ちゃん柘榴のジュースどうぞ~。夏くんこの中から好きなの選んでくりゃあ」
ぱっと笑った銀次は畳んだ紙束をずらりと左右に広げ、赤から始まるグラデーションを夏馬は真剣な顔で見つめる。
あれやこれやと会話する二人の奥には秋晴れでくっきりと明るい大通りが見え、ちらほら人が通っていく。派手な長暖簾は入り口の半分ほどを埋めており、火の入っていない飾り提灯のせいもあって完全に日陰で薄暗い。小窓の障子から透ける扇や薬玉をあしらった色が店内を這い、うとうとと眠たくなってくるのはふんわりと漂う香り袋の効果でもある。
大通りに面していながら、開いているのかいないのか看板もなければ売り込み宣伝もしないこの薄暗い貸衣装屋は穴場らしく一部の観光客と柊町住民からは贔屓にされている。ずらりと並ぶ品揃え、好みに合わせて装飾や香り袋、化粧や衣装、入れ墨までもを作り整え提供するこの店はいつ来ても他に客が居ない為ゆっくり楽しめる。
銀次一人がまったりその辺でシャボン玉を吹きながらゆったり会話するスタイルをえらく朝日が気に入って、休みの日はよく通っているらしい。
「銀次の兄ちゃんその耳触っていい? 動くしほんとよくできてるよね」
「いやじゃあくすぐったいんじゃあ。触ったらこの話はなかったことにしてくりゃれ」
「企業秘密というやつか……! ああそれで眼の色はこれがいいんだけど」
「そうそう秘密は大事じゃよ~わからんことがあってもいいんじゃよ~うむでは形かの」
にこにこと話を進めている銀次の頭の上に陣取っている耳がぴょこぴょこ動いている。銀次は白狐――妖狐なのだが、観光客や柊町住民は観光客向けの客引きで始めたコスプレだと思っている。
大瑠璃もそうだと思っていたのだが、初めて銀次の店に立ち寄った帰り道で宵ノ進が「ああ、妖狐ですね」と言っていたので後日真顔で尋ねると「うええばらさんでくれぇ」と困り顔であわあわされた。どうも耳と尻尾を同時に隠せないので、触られる心配の薄い耳を残しているらしい。
柘榴のジュースをいただいていると、自信に溢れた顔つきで夏馬が小道具を両手に抱えて戻ってくる。
時刻はたいして気に掛ける程でもない。夏馬の隣でにこにこしているこの妖狐、仕草言動はまったりしているが作業だけは手早いので選んでしまえばすぐに整えてしまうのである。