二.花と貴方へ
夜中まで延々続くのではと思われた大座敷の賑わいは、会議で決めた時刻を越えることなくお開きとなり、「健全だぜ~!」と星を飛ばす勢いで額の横にピースした朝日が虎雄の逞しい筋肉に登り始めその後は片付けながら朝日のテンションに付き合って各自寝たらしい。
大きいあくびをひとつした雨麟の前髪が一掴み垂れ、見つめていると気付いたらしく慌てて直しては頬を赤くしてそっぽを向いてしまう。
やけにのんびりしている、と思えば。今日から茶店は三日休みで昼からの食事処だけなのだから、朝急ぐ必要がないのだ。はしゃぎすぎたらしい朝日の姿もない。
「羽鶴様、これを」
表の大門まで見送りに出た時、宵ノ進がお守りを差し出した。間もなくひらひらと手を振るのでそちらを向くと、香炉と白鈴が日陰となる玄関の中で手を振っている。
「日が空いてしまいましたが、直しておきましたので。どうか、離さずに」
「うん」
いってらっしゃい、とかけた声が思いの外出ないことに驚いた。菓子折程の膨らみしかない風呂敷一つをふんわり抱える宵ノ進は、低い声に呼ばれると丁寧に頭を垂れて挨拶を交わす。
「では、羽鶴様、行って参ります」
(旅行に行くだけなのに、何だろうこのすっぽ抜けた感じ)
背の高い杯の会釈に返したきり、羽鶴はぽつんと立ち尽くした。
お守りから花の香りがしている。
「フフン、甘えん坊だなァ羽鶴はァ~?」
「ぎゃっ!! 何?! 何なの?!」
雨麟が羽鶴の背に抱きついて頬をぴったりくっつけるとぐるりと玄関の方へ体を向けそのまま押していく。押されるままに玄関まで行き靴を脱がされその間ずっと無表情にぱちぱちと手を叩いていた香炉に「したく……」と呟かれ我に返った羽鶴は雨麟と廊下を全力で駆けた。
「宵ノ進がいればものすごく怒られますよね……」
「うん……めちゃくちゃ…………白鈴、内緒……」
「ふふ、たまにはわるいこ、しましょう」
「雨麟、たのしそう……」
裸足で階段を駆け上がる雨麟の足音が軽やかで、次いで羽鶴が何やら叫んでいたが驚かされでもしたのだろう。
無表情の香炉の横で白鈴がくすくす笑っていると、薄紅色の着物がいつの間にか横で仁王立ちしていた。
「野郎共は朝から騒がしいぜ!」
「おはよう朝日。良く眠れたようで良かったです」
「虎雄様のセクシィ山登りしたから朝日ちゃん大満足だぜ!」
「朝日おはよう……」(テンション保つかな……)
「鈴ちゃんこーちゃんおはよー!! スーパー朝日ちゃんタイム!!」
「ご飯……食べよう……」
「オッケー昼からぶっとばすぜ!!」
(朝日絶対夜まで保たないと思います……)
(しらふ……なのに……)
妙な空気の三人の前をバタバタと慌ただしく制服のタイも着けず襟のボタンも開いたまま鞄を引っ掴んだ羽鶴が靴に足を突っ込みながら「いってきます!!」と声を張り上げ走って行き、上機嫌な雨麟が「転ぶンじゃねえぞ!」と笑いながら送り出す。
「いやーほンと毎日偉ぇわなァ」
「朝日ちゃんは無理かな!」
「早起きが?」
「おす!」
「朝日は席に着いてるのが無理でしょ」
「あ!! 大瑠璃!! 今日は朝日ちゃんの勝ちだぜぇ~! ねぼすけ~!!」
「残念だな朝日。先に食事の席に着いた方が勝ちなんだよ」
「うええなにそれえ!! 朝日ちゃんが先!!」
座敷に駆けていった朝日に構わずゆっくり歩き出した大瑠璃は、座敷に入るとむくれた朝日の視線を受けながら適当に返事をして座布団に座る。
お膳の箸に手を伸ばし、一度ぴくりと固まった。
隣の座布団に転がる、矢柄の巾着。
「うわ……」
弁当箱である。
大きいあくびをひとつした雨麟の前髪が一掴み垂れ、見つめていると気付いたらしく慌てて直しては頬を赤くしてそっぽを向いてしまう。
やけにのんびりしている、と思えば。今日から茶店は三日休みで昼からの食事処だけなのだから、朝急ぐ必要がないのだ。はしゃぎすぎたらしい朝日の姿もない。
「羽鶴様、これを」
表の大門まで見送りに出た時、宵ノ進がお守りを差し出した。間もなくひらひらと手を振るのでそちらを向くと、香炉と白鈴が日陰となる玄関の中で手を振っている。
「日が空いてしまいましたが、直しておきましたので。どうか、離さずに」
「うん」
いってらっしゃい、とかけた声が思いの外出ないことに驚いた。菓子折程の膨らみしかない風呂敷一つをふんわり抱える宵ノ進は、低い声に呼ばれると丁寧に頭を垂れて挨拶を交わす。
「では、羽鶴様、行って参ります」
(旅行に行くだけなのに、何だろうこのすっぽ抜けた感じ)
背の高い杯の会釈に返したきり、羽鶴はぽつんと立ち尽くした。
お守りから花の香りがしている。
「フフン、甘えん坊だなァ羽鶴はァ~?」
「ぎゃっ!! 何?! 何なの?!」
雨麟が羽鶴の背に抱きついて頬をぴったりくっつけるとぐるりと玄関の方へ体を向けそのまま押していく。押されるままに玄関まで行き靴を脱がされその間ずっと無表情にぱちぱちと手を叩いていた香炉に「したく……」と呟かれ我に返った羽鶴は雨麟と廊下を全力で駆けた。
「宵ノ進がいればものすごく怒られますよね……」
「うん……めちゃくちゃ…………白鈴、内緒……」
「ふふ、たまにはわるいこ、しましょう」
「雨麟、たのしそう……」
裸足で階段を駆け上がる雨麟の足音が軽やかで、次いで羽鶴が何やら叫んでいたが驚かされでもしたのだろう。
無表情の香炉の横で白鈴がくすくす笑っていると、薄紅色の着物がいつの間にか横で仁王立ちしていた。
「野郎共は朝から騒がしいぜ!」
「おはよう朝日。良く眠れたようで良かったです」
「虎雄様のセクシィ山登りしたから朝日ちゃん大満足だぜ!」
「朝日おはよう……」(テンション保つかな……)
「鈴ちゃんこーちゃんおはよー!! スーパー朝日ちゃんタイム!!」
「ご飯……食べよう……」
「オッケー昼からぶっとばすぜ!!」
(朝日絶対夜まで保たないと思います……)
(しらふ……なのに……)
妙な空気の三人の前をバタバタと慌ただしく制服のタイも着けず襟のボタンも開いたまま鞄を引っ掴んだ羽鶴が靴に足を突っ込みながら「いってきます!!」と声を張り上げ走って行き、上機嫌な雨麟が「転ぶンじゃねえぞ!」と笑いながら送り出す。
「いやーほンと毎日偉ぇわなァ」
「朝日ちゃんは無理かな!」
「早起きが?」
「おす!」
「朝日は席に着いてるのが無理でしょ」
「あ!! 大瑠璃!! 今日は朝日ちゃんの勝ちだぜぇ~! ねぼすけ~!!」
「残念だな朝日。先に食事の席に着いた方が勝ちなんだよ」
「うええなにそれえ!! 朝日ちゃんが先!!」
座敷に駆けていった朝日に構わずゆっくり歩き出した大瑠璃は、座敷に入るとむくれた朝日の視線を受けながら適当に返事をして座布団に座る。
お膳の箸に手を伸ばし、一度ぴくりと固まった。
隣の座布団に転がる、矢柄の巾着。
「うわ……」
弁当箱である。