一.後ろを振り向くことなかれ
顔までもを幾重にも黒い包帯で覆い、刀の先からぽたぽたと血を垂らすその人物は首を傾げたまま立ち尽くす。
「おい話が違うぞ美人」
「引き寄せ刀……」
榊の鋭い声の後、ぽつりと大瑠璃が呟いた。
大瑠璃の呆然としたような声に気を取られた羽鶴の視界に、ずるずると脚を引きずりながら彼に近付く黒い全身包帯が映る。
(あれは、なんだろうか。――なんだったろうか。あれは、あの刀で、何を斬りつけていただろうか――)
羽鶴は青ざめ、体を動かさなければ、と思い至る。
けれどもそれは、一瞬だった。
ぱらぱらと、赤色の粒が降ったかと思えば、真っ黒な髪と瑠璃色の着物が揺らぐ。黒い全身包帯の刀が、大瑠璃の胴を貫いていた。
抵抗し引っ掻いた大瑠璃の爪が顔の包帯に引っ掛かると、取れかかった隙間から赤い肉と歯が並ぶそれは甲高い悲鳴を上げながら、一度蹴飛ばしよろよろと立ち上がった大瑠璃を押し返し障子へ打ち付けると、容易く外れた窓枠から彼と共に部屋の外へと落ちていった。
「大瑠璃!」
何が起こったのか呑み込めないまま、下を覗けば薄暗くなった庭と水面に浮かぶ着物が見え、羽鶴が身を乗り出すと榊にがっしり掴まれ思わず大きな声を出す。
「何するんだ! 榊!」
「落ち着け羽鶴。ここは二階だ走りゃあ間に合う」
「なんでそんな冷静なんだよ……」
「羽鶴こそ、そこに転がってる男には駆け寄らないだろ。行くぞ」
ちら、と羽鶴が倒れている男の方へ眼をやれば、黒い煙を上げ窓枠から外へと出ていった。
「榊……あれ……」
「気にするな、今は。あのひねくれた美人を助けて吐かせりゃいい」
「おい話が違うぞ美人」
「引き寄せ刀……」
榊の鋭い声の後、ぽつりと大瑠璃が呟いた。
大瑠璃の呆然としたような声に気を取られた羽鶴の視界に、ずるずると脚を引きずりながら彼に近付く黒い全身包帯が映る。
(あれは、なんだろうか。――なんだったろうか。あれは、あの刀で、何を斬りつけていただろうか――)
羽鶴は青ざめ、体を動かさなければ、と思い至る。
けれどもそれは、一瞬だった。
ぱらぱらと、赤色の粒が降ったかと思えば、真っ黒な髪と瑠璃色の着物が揺らぐ。黒い全身包帯の刀が、大瑠璃の胴を貫いていた。
抵抗し引っ掻いた大瑠璃の爪が顔の包帯に引っ掛かると、取れかかった隙間から赤い肉と歯が並ぶそれは甲高い悲鳴を上げながら、一度蹴飛ばしよろよろと立ち上がった大瑠璃を押し返し障子へ打ち付けると、容易く外れた窓枠から彼と共に部屋の外へと落ちていった。
「大瑠璃!」
何が起こったのか呑み込めないまま、下を覗けば薄暗くなった庭と水面に浮かぶ着物が見え、羽鶴が身を乗り出すと榊にがっしり掴まれ思わず大きな声を出す。
「何するんだ! 榊!」
「落ち着け羽鶴。ここは二階だ走りゃあ間に合う」
「なんでそんな冷静なんだよ……」
「羽鶴こそ、そこに転がってる男には駆け寄らないだろ。行くぞ」
ちら、と羽鶴が倒れている男の方へ眼をやれば、黒い煙を上げ窓枠から外へと出ていった。
「榊……あれ……」
「気にするな、今は。あのひねくれた美人を助けて吐かせりゃいい」