二.花と貴方へ

 けたたましいサイレンが頭上から降り注ぐ。続いて遮断機の警報までもが一定刻みに鳴り響く。
 周りは建物などなく一切が白いのに、音だけがずっと鳴り響いて思考を片っ端から貪られているような気がした。
 ぽつりとただ突っ立っている僕の前に、白いワンピースの女の子がいる。つばの広い帽子をかぶって、黒い髪を揺らして。何かを叫んでいる。
 その表情はぼやけて見えない。もやがかかるのだ。短く何かを叫んでいる。
 もしかしたら名前を呼んでいるのかもしれない。けたたましいサイレンの中で、それは唐突に音になった。

「羽鶴!! いくな!!」

 いくなってどこへ。
 叫んだ声に聞き覚えがあった。あいつは癖のある性格のわりに見た目に合わせて声にしなやかな張りがあるのだ。

「大瑠璃、お前、なにやってんの」

 僕の声は聞こえただろうか。遮断機の音がする。お前、寝てなくていいのか。寝てなくて? なんで?

 白いワンピースの大瑠璃が、僕の両腕を引っ張った。華奢な見た目からは想像もつかない強い力だった。
 ごう、と背後で風の音がした。誰かが「惜しい」と囁いた。
 振り向けば、僕の後ろは黒い引っ掻き傷が延々と横切っていて、その大きさに息を飲む。一筋一筋が頭一つの幅をゆうに越すのである。
 腕を掴んでいた感触が弛んだ。慌てて前を向けば、白いワンピースは赤色が斑に滲んで、大瑠璃はとろけるような、安心しきった微笑みを浮かべて倒れた。綿が地面に落ちるような、音のない倒れ方だった。

 サイレンは鳴り続いている。遮断機の音はなく、大瑠璃を抱き起こそうと手を伸ばすと、足元にお守り袋が転がっていた。
 紐が切れて、中身がちらりと光っている。

「おまえたちは、ほんとうに危なっかしいなあ」

 呟くようなか細い声に、急き立てられてしまう。
 どうして、今なんだ。
 お前のそんな惜しみ無く滲ませるいとおしさなんて今、聞きたくない。いつもみたいに余裕たっぷりに笑って、好きな玉露でも啜っていればいいのだ。

「お前はいつも隠し事ばかりだ、帰ったら全部話してもらうからな!」

「かえるって、どこへさ」
「籠屋だふざけるな、お前がいなきゃあんな癖揃いの店、どうすんだ」

 大瑠璃を抱き起こすと重さがなかった。
 
「とらおのうちか……」

 緩く瞬いて、大瑠璃が目を閉じると鳴り続いていたサイレンは止み、真っ暗になった。

 
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