二.花と貴方へ
宵ノ進が座敷へ戻ると、紙のかけられたお膳とその隣に座る大瑠璃とが出迎えた。
真ん丸な眼をして視線を落とせば、胡座をかいた大瑠璃は宵ノ進にくだけた笑みを寄越す。
「一人よりはいいかと思って」
おとなしく大瑠璃の隣へ座った宵ノ進は、ただ静かに頷いた。
広い座敷にお膳がひとつ。最低限の行灯、静まり返る空気。夜に満ちる冷ややかなそれらを肌で感じながら手に取る箸は時に軽く、綿のようで更には持つという実感を欠く。けれど隣に幼馴染みがいるだけで、箸に重みが、行灯にささやかな灯りが、空気が、滑らかに感じられる。
「雨麟は香炉を手伝って寝ちゃったよ。一番早いからそうだろうなとは思うけれど。すずは朝日に引っ張られて虎雄の所、鶴は部屋に戻ってるって」
「大瑠璃も戻るふりをして、またここへ来たのでしょう」
「ふふ、そうでもしないと僕も残るって言うんだ、鶴は。明日学校あるくせに」
「大瑠璃も茶店の番があるのでは?」
「ちゃんと会議聞いてたんだ」
「会議ですからね」
「宵こそ仕込みがあるくせに」
「香炉を手伝わなくてはなりませんね」
「旅行、楽しんでおいでよ」
「わたくしは、籠屋にいていいのですよね」
「帰るところがあるから旅行なんでしょ。宵はもう少し図太くていいね」
「大瑠璃も軽口を慎んでも良いかと思いますね」
二人はくすくすと笑った。ほっとしたような、なにやら胸を掠めていくような、妙な心地で。
甘えてしまうのは悪い癖だ、そのように思う宵ノ進を見透かしたように大瑠璃が白い手のひらをひらひらと降る。
「宵がいないとつまらないよ」
「二日だそうですよ。うんと退屈してください」
「うんと悪さをしておくよ」
たかだか旅行に送り出すだけの機会が、あと何度あるのだろう。
笑って安らいで、穏やかであるのならたまの背を沿わす先が変わってしまってもいつもと変わらずに祝福する。そうして今度は遠くから、喜ばしいことは喜んで、心配事は手を出さず、時にはもう一度言葉をかけて、背を押して。
最も信頼を寄せる相手が変わる。そのように感じる。聞くにはあまりに馬鹿げていると、紡ぐこともなく。困らせてしまうだろう。そしていつまでもそのようであるというこの虚空に距離を思うかもしれない。
知っている。なぜ自分が一人なのかを。
どれだけ吐いてもまとわりついて変わらぬ引き寄せ刀のよう。
「大瑠璃、杯様からです」
「郵送にしないところが不思議」
渡された紙袋をひょいと受け取り中身を見ることもなく膝の上に乗せた大瑠璃の、表情を出さぬ眼に宵ノ進は笑いかける。
「あの方はその様なところがありますゆえ。だんだんと足音を消すのが上手くなってらっしゃる」
「宵が気付かなかったの?」
「耳をたてていなくては聞き取れぬほどに」
「やっぱ変わり者だあの医者」
「そのように仰らず。御話しされてはいかがです?」
「多忙だから遠慮しとく」
宵ノ進がくすくすと笑う。
そのように笑っていられる場所にずっといれたらいいのにと思ったところで大瑠璃は思考のひとつを切り替えた。
真ん丸な眼をして視線を落とせば、胡座をかいた大瑠璃は宵ノ進にくだけた笑みを寄越す。
「一人よりはいいかと思って」
おとなしく大瑠璃の隣へ座った宵ノ進は、ただ静かに頷いた。
広い座敷にお膳がひとつ。最低限の行灯、静まり返る空気。夜に満ちる冷ややかなそれらを肌で感じながら手に取る箸は時に軽く、綿のようで更には持つという実感を欠く。けれど隣に幼馴染みがいるだけで、箸に重みが、行灯にささやかな灯りが、空気が、滑らかに感じられる。
「雨麟は香炉を手伝って寝ちゃったよ。一番早いからそうだろうなとは思うけれど。すずは朝日に引っ張られて虎雄の所、鶴は部屋に戻ってるって」
「大瑠璃も戻るふりをして、またここへ来たのでしょう」
「ふふ、そうでもしないと僕も残るって言うんだ、鶴は。明日学校あるくせに」
「大瑠璃も茶店の番があるのでは?」
「ちゃんと会議聞いてたんだ」
「会議ですからね」
「宵こそ仕込みがあるくせに」
「香炉を手伝わなくてはなりませんね」
「旅行、楽しんでおいでよ」
「わたくしは、籠屋にいていいのですよね」
「帰るところがあるから旅行なんでしょ。宵はもう少し図太くていいね」
「大瑠璃も軽口を慎んでも良いかと思いますね」
二人はくすくすと笑った。ほっとしたような、なにやら胸を掠めていくような、妙な心地で。
甘えてしまうのは悪い癖だ、そのように思う宵ノ進を見透かしたように大瑠璃が白い手のひらをひらひらと降る。
「宵がいないとつまらないよ」
「二日だそうですよ。うんと退屈してください」
「うんと悪さをしておくよ」
たかだか旅行に送り出すだけの機会が、あと何度あるのだろう。
笑って安らいで、穏やかであるのならたまの背を沿わす先が変わってしまってもいつもと変わらずに祝福する。そうして今度は遠くから、喜ばしいことは喜んで、心配事は手を出さず、時にはもう一度言葉をかけて、背を押して。
最も信頼を寄せる相手が変わる。そのように感じる。聞くにはあまりに馬鹿げていると、紡ぐこともなく。困らせてしまうだろう。そしていつまでもそのようであるというこの虚空に距離を思うかもしれない。
知っている。なぜ自分が一人なのかを。
どれだけ吐いてもまとわりついて変わらぬ引き寄せ刀のよう。
「大瑠璃、杯様からです」
「郵送にしないところが不思議」
渡された紙袋をひょいと受け取り中身を見ることもなく膝の上に乗せた大瑠璃の、表情を出さぬ眼に宵ノ進は笑いかける。
「あの方はその様なところがありますゆえ。だんだんと足音を消すのが上手くなってらっしゃる」
「宵が気付かなかったの?」
「耳をたてていなくては聞き取れぬほどに」
「やっぱ変わり者だあの医者」
「そのように仰らず。御話しされてはいかがです?」
「多忙だから遠慮しとく」
宵ノ進がくすくすと笑う。
そのように笑っていられる場所にずっといれたらいいのにと思ったところで大瑠璃は思考のひとつを切り替えた。