一.後ろを振り向くことなかれ

 それは愛しい人の姿だった。
 華奢に見えて、儚げで。
 そのくせ無表情に両手へ込める力は容易く気道を塞ぎ、鉄二郎は噎せる間もなく意識を手放した。

 宵ノ進はとっぷり暮れた暗がり色の橋の上にいた。
 ざあざあと水は流れ、半円を描く橋から虚ろな視線を落とせばそれは黒いうねりが束となり、どこへとも知らぬ先へと我先にと急くように映った。
 手摺を撫でると何も感じはしなかった。ただただ黒い束を眺める宵ノ進は、何も感じぬままにそっと背を押されて橋の上から落ちていった。
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