一.後ろを振り向くことなかれ

 和の街並みを目指し、和物を揃えた商店街。地元民の羽鶴と榊は慣れたものだが和雑貨を揃えた柊町は観光名所らしく、いつ来ても首からカメラを下げた人に遭遇する。
 和装の店員と写真を撮りご満悦の観光客を横目に羽鶴と榊は道の真ん中を歩いていく。

「たまに写らねえんだよな」

 榊が神妙な顔で言うので羽鶴は黙って頷いた。デジカメだろうが家に着く頃にはぼんやり靄がかかって灰色の一枚ができあがる事態がよくあるらしい。解明されていない柊町の謎が観光名所となった理由の一つだというが、面白がって撮る気持ちは地元民にはいまいち理解しがたい。

「なんでだろうな」

 言うと「諸説ある」と榊が返し、「興味は肝要だ」とも加えた。
 羽鶴の少し前を行く黒髪赤メッシュはずらりと建ち並ぶ商店街のずっと先を見て歩く。緩い上り坂に差し掛かると建物の先端が見え、歩を進める毎にひょっこり顔を出す屋敷は遠目からでも年月を感じ、荘厳な佇まいで鳥瞰している感が否めない。
「いち、にい、さん……」
「何やってんだ羽鶴」

 指を下にずらしながら言うと、榊が僅かに笑っている。

「何階建てかと思ってさ……四階あるぞ榊……横にもだだっ広い上に四階ってどんな料亭だよ榊……」
「料亭の時点で高級だろ」
「からかうなよ……」

 緩い上り坂を上れば案外すぐなもので、遠くまで左右に延びている高い弊に挟まれてどっしり構える門の両端に提がる提灯には墨で『籠屋』の文字。大きく口を開けたままの門の先を見るや丸石を土へはめた道があり、両脇は端からでも恐ろしい程美しく揃えられた庭園があることが窺える。

「榊僕は場違いなんじゃないだろうか」
「呑まれてどうする。ほら同じ制服着てんだろ、あとは一握りの勇気だ羽鶴」

 他に客はいない。榊の黒い目を見返すと、もたもたできる今のうちだと言わんばかりに細められ前を向く。

「気にするな。案外呆気ないもんだ」

 羽鶴は榊の言葉に押され、重厚な籠屋の門をくぐった。
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