一.後ろを振り向くことなかれ
玄関先からの物音が消えほどなくすると、白鈴が荷を下ろした鉄二郎が帰ったことを伝えに来た。
紅い手すりのついた縁側でぼんやり整えられた庭を見ていた大瑠璃は、あいつ、やればできるじゃないかと呟いて白鈴に礼を述べてから裸足で廊下を歩き出す。羽鶴がついていくと、一礼して受付へ戻る白鈴にありがとうと声をかけ、大瑠璃に手招きされるままに部屋へと入った。
部屋にはぎっしりと荷が置かれている。錦の垂れ幕も丁寧にかけられていたが、一番にそれをひっぺがし畳へ投げ捨てた手が白く美しいのだからなんとも複雑な気持ちになる。
荷物は一つ一つが美しい装飾を施した箱に納められており、重なりもせず丁寧に置かれていた。その分場所も取るのだが、開けて確認する側からすればありがたい。
「あいつ、髪飾りは間に合ってるのがまだわからないのかね」
小さな箱の前で開けもせず見つめたままの大瑠璃が言った。
「鶴、好きなの貰っていって。大体がお菓子と果物だから」
「持ちきれないよ……」
「持ちきれる分でいいんだよ。適当に朝日と白鈴が持っていったら燃やすから」
「でもこれ、大瑠璃への気持ちだろ? 燃やすとか、もったいなくない?」
羽鶴が言えば、それはもう物凄く嫌そうな、呆れたような眼が返ってくる。
「その紙切れ読んでみなよ」
「紙切れ? ああこれ、手紙じゃん。ええと、……言葉に出すのも恥ずかしき恋文がここに……」
「勿体無い?」
「すみませんでした」
「……あんまり物を頂くとね、途方もない気分になる。埋もれてしまうような、そのような気分に。だからいらないのだと言ったなら、食べ物に変わったのだけどね。必ず飾りをひとつ寄越すのは、変える気はないようだけれど」
畳に座った大瑠璃は、先程見ていた小さな箱を開け簪を手に取り眺めていた。
黒く艶のあり、細くしなやかなその簪は花と狐を模している。おそらくは、高価なのだろう。ぼんやりとそれを眺める黒い眼は、何を思っているのだろう。
荷物を一つ一つ見ながら、羽鶴は口を開く。
「大瑠璃、僕はさ」
ちら、と黒い眼が羽鶴を見た。
「火を放ったとか、何をしたとか、関係ないと思うんだよね。今、美味しいものを食べて、みんなと暮らして、それをだめだというのならきりのないことだと思うんだ。だって大瑠璃、物凄く責めてるじゃない。考えて、思い返して、責めながら反省してるじゃない。それってさ、とてもしんどいと思うんだ。だから僕は、大瑠璃が何をしていたって大瑠璃は大瑠璃で、好きだと思ってるよ」
あまりに間があるので大瑠璃をきちんと見ると、彼はその浮世離れした仄白い肌と睫の長い黒い眼に、僅かに光を灯したように映った。
彼は人だ。そう思う。不思議なものを見つめるようにしてぼんやりとした眼差しは、濁りなく美しかった。
紅い手すりのついた縁側でぼんやり整えられた庭を見ていた大瑠璃は、あいつ、やればできるじゃないかと呟いて白鈴に礼を述べてから裸足で廊下を歩き出す。羽鶴がついていくと、一礼して受付へ戻る白鈴にありがとうと声をかけ、大瑠璃に手招きされるままに部屋へと入った。
部屋にはぎっしりと荷が置かれている。錦の垂れ幕も丁寧にかけられていたが、一番にそれをひっぺがし畳へ投げ捨てた手が白く美しいのだからなんとも複雑な気持ちになる。
荷物は一つ一つが美しい装飾を施した箱に納められており、重なりもせず丁寧に置かれていた。その分場所も取るのだが、開けて確認する側からすればありがたい。
「あいつ、髪飾りは間に合ってるのがまだわからないのかね」
小さな箱の前で開けもせず見つめたままの大瑠璃が言った。
「鶴、好きなの貰っていって。大体がお菓子と果物だから」
「持ちきれないよ……」
「持ちきれる分でいいんだよ。適当に朝日と白鈴が持っていったら燃やすから」
「でもこれ、大瑠璃への気持ちだろ? 燃やすとか、もったいなくない?」
羽鶴が言えば、それはもう物凄く嫌そうな、呆れたような眼が返ってくる。
「その紙切れ読んでみなよ」
「紙切れ? ああこれ、手紙じゃん。ええと、……言葉に出すのも恥ずかしき恋文がここに……」
「勿体無い?」
「すみませんでした」
「……あんまり物を頂くとね、途方もない気分になる。埋もれてしまうような、そのような気分に。だからいらないのだと言ったなら、食べ物に変わったのだけどね。必ず飾りをひとつ寄越すのは、変える気はないようだけれど」
畳に座った大瑠璃は、先程見ていた小さな箱を開け簪を手に取り眺めていた。
黒く艶のあり、細くしなやかなその簪は花と狐を模している。おそらくは、高価なのだろう。ぼんやりとそれを眺める黒い眼は、何を思っているのだろう。
荷物を一つ一つ見ながら、羽鶴は口を開く。
「大瑠璃、僕はさ」
ちら、と黒い眼が羽鶴を見た。
「火を放ったとか、何をしたとか、関係ないと思うんだよね。今、美味しいものを食べて、みんなと暮らして、それをだめだというのならきりのないことだと思うんだ。だって大瑠璃、物凄く責めてるじゃない。考えて、思い返して、責めながら反省してるじゃない。それってさ、とてもしんどいと思うんだ。だから僕は、大瑠璃が何をしていたって大瑠璃は大瑠璃で、好きだと思ってるよ」
あまりに間があるので大瑠璃をきちんと見ると、彼はその浮世離れした仄白い肌と睫の長い黒い眼に、僅かに光を灯したように映った。
彼は人だ。そう思う。不思議なものを見つめるようにしてぼんやりとした眼差しは、濁りなく美しかった。