一.後ろを振り向くことなかれ
「ねーねー鶴ちゃん! 鶴ちゃんもお座敷体験するんでしょ! 楽しみー!! お化粧するの?」
「あさーひ。羽鶴は化粧なンざしねぇよ、固まってンだろが」
振り袖の朝日が目をきらっきらさせながら羽鶴を見るも、呆れ顔の雨麟に即一言浴びるが気にした様子はみられない。常に視線が興味の先にある彼女の眼はいつだって輝いている。
いつでもどこでも超元気だ。
羽鶴は返す言葉が見つからないながらも思った。
(何か、最初雑用って言ってたけど思いっきり籠屋体験になってる……)
「というか、今日はぴりぴりしてませんか……? 私の、気のせいならいいのですけど……」
朝日の隣で大人しく食事していた白鈴が薄い赤色の目を窺うようにちらちらと雨麟と羽鶴に寄越す。犬が悪戯をして周りを窺う時のような、なんともいたたまれない表情を前に雨麟がまたしても声をひそめる。
この気配り、いつだってお嫁に出せる気がしてきた。
「白鈴、あンま言うな、そっとしとけ」
「え、宵ノ進も機嫌悪いの? あれで?」
「え、宵ちゃん不機嫌なの? 宵ちゃぁあああぁあん!! はぐぅううぅうう!!」
首をかしげた羽鶴は勢いよく暖簾目掛け走っていった朝日を呼び止める雨麟を見ながら、本当に腕を伸ばしたまま固まるものだなあとぼんやり思った。心なしかピンク頭の顔色は優れない。
そんな雨麟に声をかける前に、暖簾の奥、厨房から食器同士がぶつかる音が聞こえた。その後はただ沈黙、雨麟は小さな唇で「これから、忙しいのに……」と消え入りそうな声で言う。
がっくりと肩を落とす雨麟にどうしたのかと声をかけていると、いつの間にやら傍らに無表情の紫髪が立っていた。
「よいのしん、かたまった……」
「朝日のあほぉおおお!!……香炉、いけそうか……?」
「すこし、こまった……」
香炉は真っ黒な目を雨麟へ向け、無表情のままそっと白い手を肩へ添える。
「おざしき、ふぁい……」
「稼げねぇぞ? 板前一人分の時間なンて稼げねぇぞ……?」
「ねぇ二人ともどうしたのさ、宵ノ進は朝日に抱きつかれただけなんでしょ、何深刻になってんのさ」
「羽鶴さん羽鶴さん、宵ノ進は体に触られると頭の中真っ白になっちゃうらしいんです」
「真っ白な白鈴が言うか。僕見てくるよ」
腰を上げた羽鶴は思いっきり着物を引っ張られる。そちらを見ると顔色真っ青の雨麟が首を振った。元々色白だが青みがさすとなんとも妙なものである。
視界の端に青色が掠める。瑠璃色の着物──大瑠璃だ。御膳を持った大瑠璃が厨房へ入っていく。
食器を下げに来たのだろう、けれど距離がある為か物音はせず、しばらくして朝日と大瑠璃が出てきては「どうしよう」と声を揃え言った。
「あさーひ。羽鶴は化粧なンざしねぇよ、固まってンだろが」
振り袖の朝日が目をきらっきらさせながら羽鶴を見るも、呆れ顔の雨麟に即一言浴びるが気にした様子はみられない。常に視線が興味の先にある彼女の眼はいつだって輝いている。
いつでもどこでも超元気だ。
羽鶴は返す言葉が見つからないながらも思った。
(何か、最初雑用って言ってたけど思いっきり籠屋体験になってる……)
「というか、今日はぴりぴりしてませんか……? 私の、気のせいならいいのですけど……」
朝日の隣で大人しく食事していた白鈴が薄い赤色の目を窺うようにちらちらと雨麟と羽鶴に寄越す。犬が悪戯をして周りを窺う時のような、なんともいたたまれない表情を前に雨麟がまたしても声をひそめる。
この気配り、いつだってお嫁に出せる気がしてきた。
「白鈴、あンま言うな、そっとしとけ」
「え、宵ノ進も機嫌悪いの? あれで?」
「え、宵ちゃん不機嫌なの? 宵ちゃぁあああぁあん!! はぐぅううぅうう!!」
首をかしげた羽鶴は勢いよく暖簾目掛け走っていった朝日を呼び止める雨麟を見ながら、本当に腕を伸ばしたまま固まるものだなあとぼんやり思った。心なしかピンク頭の顔色は優れない。
そんな雨麟に声をかける前に、暖簾の奥、厨房から食器同士がぶつかる音が聞こえた。その後はただ沈黙、雨麟は小さな唇で「これから、忙しいのに……」と消え入りそうな声で言う。
がっくりと肩を落とす雨麟にどうしたのかと声をかけていると、いつの間にやら傍らに無表情の紫髪が立っていた。
「よいのしん、かたまった……」
「朝日のあほぉおおお!!……香炉、いけそうか……?」
「すこし、こまった……」
香炉は真っ黒な目を雨麟へ向け、無表情のままそっと白い手を肩へ添える。
「おざしき、ふぁい……」
「稼げねぇぞ? 板前一人分の時間なンて稼げねぇぞ……?」
「ねぇ二人ともどうしたのさ、宵ノ進は朝日に抱きつかれただけなんでしょ、何深刻になってんのさ」
「羽鶴さん羽鶴さん、宵ノ進は体に触られると頭の中真っ白になっちゃうらしいんです」
「真っ白な白鈴が言うか。僕見てくるよ」
腰を上げた羽鶴は思いっきり着物を引っ張られる。そちらを見ると顔色真っ青の雨麟が首を振った。元々色白だが青みがさすとなんとも妙なものである。
視界の端に青色が掠める。瑠璃色の着物──大瑠璃だ。御膳を持った大瑠璃が厨房へ入っていく。
食器を下げに来たのだろう、けれど距離がある為か物音はせず、しばらくして朝日と大瑠璃が出てきては「どうしよう」と声を揃え言った。