一.後ろを振り向くことなかれ
和菓子を並べ終わると、羽鶴はぐったりと勧められた椅子に腰掛けた。再度来た宵ノ進は、戻る際に目許を和ませた気がする。
「何だか見たことある座り方だね。項垂れて燃え尽きた感じの」
「大瑠璃、それ以上は言わないで……。はっや。みんなはっや」
「あとはのんびりするといいよ。鶴は学校があるから和菓子売りはあんまりならないね。叩き込むけど」
「うおおお大瑠璃眼がマジだ……!! ライオンと八会うってこんな感じだ!!」
「食ってやろうか」
「うわぁあああ!!」
ショーケースの上に頬杖をついたまま言う大瑠璃の黒い眼が本気に見えて仕方がない。大声を上げた羽鶴の後ろで、今度は悲鳴が上がり大瑠璃が僅かに眉を寄せる。
「大瑠璃……!! 大瑠璃だあぁあ……!! 大瑠璃がいるぅうう!!」
「いらっしゃい。榊のお嬢」
「うわぁあああ珍しい!! 美人!! 綺麗!! 久しぶりすぎるぅうぅうう……!!」
羽鶴が騒がしい声の方を向けば、そのストレートの黒髪を腰まで伸ばした人物は隣におり、ショーケース越しにきらきらと大瑠璃を見つめている。
「握手して!!」
「やだよ」
「断るところが可愛い!! 素敵!! 写真! 抱いて!!」
「写真もだめ。飴玉おまけくらいはしてあげる」
「大瑠璃の触った飴玉!? 大切に保管するね!! 毎日持ち歩くね!!」
「食べてよ。落ち着きなよ。騒がしいんだから」
「この感じ!! たまらない!! ずっと見てなかったから心配してたの!! はぁー今日の良いこと一つ!」
「よかったね」
騒がしい人物は生菓子を注文し席につくと大瑠璃が淹れたお茶をそれはもう幸せそうに飲み、生菓子を口へ運べば感想を述べ、その間大瑠璃を見つめ適当に返していた彼の言葉ひとつひとつに「大好き!」を繰り返す。
お土産用の和菓子を買い、飴玉の包みを差し出した大瑠璃にお礼を言いながら、その顔は惚けており朝にも関わらず「いい夢見るね!」と手を降り帰っていった。
「……榊の姉ちゃん…………」
「鶴のこと見えてなかったね。よく来るよ。大抵朝日と騒いで帰るんだけどね」
「そういえば榊が姉ちゃん通ってるって言ってた……。大瑠璃、いつもいないの? 僕と榊が来たときも非番って聞いたけど」
「そうだよ。物凄くそれはもう久しぶりに客に見つかったよ。しばらく非番なの。なんにもしてないって言ったでしょ」
「あのさ、」
「何」
「あんなに大好きって言われるってすごいことだよ。大瑠璃しか見えてないとか尚更。人から好きって言われるって、とても嬉しいよ。そうむくれることじゃないよ。喜んだらいいじゃん」
「例えばさ、嬉しいって笑ったとするでしょう。そうしたら、手を握って、荷をたくさん寄越して、どれだけ好きかを吐いて、言葉を待つんだよ。返せると思う? 覚えきれないほどの顔と言葉を前にして、話し続けていたら空になってしまう。気持ちのやり取りを大切だと思えばね、ほんとうはとても時間をかけて言葉を掛け合いたい。けれど短い返事ひとつで一生を決めてしまうこともあるよ。鶴がそういう顔をしているようにね」
大瑠璃が微笑んだ。ゆったりと考えを見透かすようなその表情は見慣れたが、黒い眼は何故だか光を欠いたように見え、羽鶴は言葉に詰まった。
「何だか見たことある座り方だね。項垂れて燃え尽きた感じの」
「大瑠璃、それ以上は言わないで……。はっや。みんなはっや」
「あとはのんびりするといいよ。鶴は学校があるから和菓子売りはあんまりならないね。叩き込むけど」
「うおおお大瑠璃眼がマジだ……!! ライオンと八会うってこんな感じだ!!」
「食ってやろうか」
「うわぁあああ!!」
ショーケースの上に頬杖をついたまま言う大瑠璃の黒い眼が本気に見えて仕方がない。大声を上げた羽鶴の後ろで、今度は悲鳴が上がり大瑠璃が僅かに眉を寄せる。
「大瑠璃……!! 大瑠璃だあぁあ……!! 大瑠璃がいるぅうう!!」
「いらっしゃい。榊のお嬢」
「うわぁあああ珍しい!! 美人!! 綺麗!! 久しぶりすぎるぅうぅうう……!!」
羽鶴が騒がしい声の方を向けば、そのストレートの黒髪を腰まで伸ばした人物は隣におり、ショーケース越しにきらきらと大瑠璃を見つめている。
「握手して!!」
「やだよ」
「断るところが可愛い!! 素敵!! 写真! 抱いて!!」
「写真もだめ。飴玉おまけくらいはしてあげる」
「大瑠璃の触った飴玉!? 大切に保管するね!! 毎日持ち歩くね!!」
「食べてよ。落ち着きなよ。騒がしいんだから」
「この感じ!! たまらない!! ずっと見てなかったから心配してたの!! はぁー今日の良いこと一つ!」
「よかったね」
騒がしい人物は生菓子を注文し席につくと大瑠璃が淹れたお茶をそれはもう幸せそうに飲み、生菓子を口へ運べば感想を述べ、その間大瑠璃を見つめ適当に返していた彼の言葉ひとつひとつに「大好き!」を繰り返す。
お土産用の和菓子を買い、飴玉の包みを差し出した大瑠璃にお礼を言いながら、その顔は惚けており朝にも関わらず「いい夢見るね!」と手を降り帰っていった。
「……榊の姉ちゃん…………」
「鶴のこと見えてなかったね。よく来るよ。大抵朝日と騒いで帰るんだけどね」
「そういえば榊が姉ちゃん通ってるって言ってた……。大瑠璃、いつもいないの? 僕と榊が来たときも非番って聞いたけど」
「そうだよ。物凄くそれはもう久しぶりに客に見つかったよ。しばらく非番なの。なんにもしてないって言ったでしょ」
「あのさ、」
「何」
「あんなに大好きって言われるってすごいことだよ。大瑠璃しか見えてないとか尚更。人から好きって言われるって、とても嬉しいよ。そうむくれることじゃないよ。喜んだらいいじゃん」
「例えばさ、嬉しいって笑ったとするでしょう。そうしたら、手を握って、荷をたくさん寄越して、どれだけ好きかを吐いて、言葉を待つんだよ。返せると思う? 覚えきれないほどの顔と言葉を前にして、話し続けていたら空になってしまう。気持ちのやり取りを大切だと思えばね、ほんとうはとても時間をかけて言葉を掛け合いたい。けれど短い返事ひとつで一生を決めてしまうこともあるよ。鶴がそういう顔をしているようにね」
大瑠璃が微笑んだ。ゆったりと考えを見透かすようなその表情は見慣れたが、黒い眼は何故だか光を欠いたように見え、羽鶴は言葉に詰まった。