一.後ろを振り向くことなかれ
「言い忘れてた。うちは昼まで和菓子売りで、夕方からお食事処なんだよ。おいで、鶴」
「え、そうなの? 夕方からって珍しい……ん、前も言ってたような……? 和食屋さんだと朝から和食!! って感じじゃない?」
「朝から料亭してたらぶっ倒れるだろうね。和菓子もいいものだよ。雨麟、昼から任せたよ」
「はいよーいってらっしゃぁーい」
小さな手がひらひらと降られ、オールバックの遊女は可愛げな笑みを見せる。大瑠璃も小柄なのだが、雨麟は幾分小さく見えた。
部屋を出てから廊下を渡り、一枚戸を開ければ手入れの行き届いた美しい庭園を両脇に、丸石が嵌め込まれ真っ直ぐに伸びている。柱と屋根が倣うように続いており、先には古びた扉があった。
大瑠璃が手をかけると、少し軋みながら木材同士が音をたてる。
「籠屋って建物みんな綺麗だけど、ここだけ何だか古い感じがするね」
「元はこの和菓子屋だったからね。料亭を始めたのは随分前だけど、それよりももっと、昔の話だものね。段々建物が増えたの」
「元はお菓子屋さん……! ということは大瑠璃、創業当時からの看板美人……!!」
「それよりさ、ほら、支度しないと宵にひっぱたかれるよ」
「え!」
がらりと表の扉を開け、紅く横長の腰掛けを持つ大瑠璃に慌てて駆け寄り端を持つ。店の外に置き、番傘を広げ、反対側に四ツ足の看板を出したところでぐるりと続く塀に気付いた。
反対側に首を向けると続いた塀の先に提灯が見える。
「大瑠璃、この和菓子屋って入り口の横にあるの? 少し離れているけど僕と榊が来たときはわからなかったよ?」
「塀に隠れるようになっているもの。屋根も同じでしょ。表の扉を閉めればわからないよ。ほら、布巾でお茶台拭いて」
花を散らした模様の布巾を寄越しながら古い木組みのショーケース上を拭いている大瑠璃は、羽鶴が受けとると引き出しのたくさんついた棚を拭く。大瑠璃がお茶台と言った朱の円いテーブルと椅子を拭いていると、奥の暖簾がはらりと靡いた。
「大瑠璃、あと二度来ます」
「わかった」
横に長い木箱を持った宵ノ進が箱を渡すとすぐに暖簾の奥へ引っ込む。ショーケースは空だ。脚の高い木製で、三段ある棚に硝子はなく、お客がすぐに触れるようになっている。
背板をがらりと開け、大瑠璃が手招きする。羽鶴が隣へ行くと宵ノ進が持ってきた木箱を開け、ずらりと並んだ生菓子と包みを指差す。
「包みが売り物、生菓子が見本ね。手前に置いて、後は後ろに同じ柄のを並べればいいだけ。好きなところに置くといいよ」
「す、すげぇ……花とか恐ろしくリアル……鳥可愛いな鳥……」
「鶴、宵があと二回来るんだってば。来るときに箱を返した方がお互い楽じゃない」
羽鶴が呑気に観察していると、大瑠璃がさっさと菓子を並べ始めた。慌てて見真似で続く。
「ごめん、ねえこれ、毎朝?」
「そうだよ。休みの日も趣味で皆のお茶分作ってるから日増しに速くなってるんだよ。宵は急がなくていいよなんて言うけれど、三回分の箱を持っていかれでもしたら気持ちが落ち着かないじゃない。この箱、結構重いんだよ。並べ終わったらゆったりでも寛ぐでもお喋りでもするといいよ」
「……大瑠璃って、負けず嫌い?」
「籠屋はみんなそうだよ。よしできた」
「早ッ!! 僕一列……」
「大瑠璃、こちらもお願いします」
「早ッ!!」
「え、そうなの? 夕方からって珍しい……ん、前も言ってたような……? 和食屋さんだと朝から和食!! って感じじゃない?」
「朝から料亭してたらぶっ倒れるだろうね。和菓子もいいものだよ。雨麟、昼から任せたよ」
「はいよーいってらっしゃぁーい」
小さな手がひらひらと降られ、オールバックの遊女は可愛げな笑みを見せる。大瑠璃も小柄なのだが、雨麟は幾分小さく見えた。
部屋を出てから廊下を渡り、一枚戸を開ければ手入れの行き届いた美しい庭園を両脇に、丸石が嵌め込まれ真っ直ぐに伸びている。柱と屋根が倣うように続いており、先には古びた扉があった。
大瑠璃が手をかけると、少し軋みながら木材同士が音をたてる。
「籠屋って建物みんな綺麗だけど、ここだけ何だか古い感じがするね」
「元はこの和菓子屋だったからね。料亭を始めたのは随分前だけど、それよりももっと、昔の話だものね。段々建物が増えたの」
「元はお菓子屋さん……! ということは大瑠璃、創業当時からの看板美人……!!」
「それよりさ、ほら、支度しないと宵にひっぱたかれるよ」
「え!」
がらりと表の扉を開け、紅く横長の腰掛けを持つ大瑠璃に慌てて駆け寄り端を持つ。店の外に置き、番傘を広げ、反対側に四ツ足の看板を出したところでぐるりと続く塀に気付いた。
反対側に首を向けると続いた塀の先に提灯が見える。
「大瑠璃、この和菓子屋って入り口の横にあるの? 少し離れているけど僕と榊が来たときはわからなかったよ?」
「塀に隠れるようになっているもの。屋根も同じでしょ。表の扉を閉めればわからないよ。ほら、布巾でお茶台拭いて」
花を散らした模様の布巾を寄越しながら古い木組みのショーケース上を拭いている大瑠璃は、羽鶴が受けとると引き出しのたくさんついた棚を拭く。大瑠璃がお茶台と言った朱の円いテーブルと椅子を拭いていると、奥の暖簾がはらりと靡いた。
「大瑠璃、あと二度来ます」
「わかった」
横に長い木箱を持った宵ノ進が箱を渡すとすぐに暖簾の奥へ引っ込む。ショーケースは空だ。脚の高い木製で、三段ある棚に硝子はなく、お客がすぐに触れるようになっている。
背板をがらりと開け、大瑠璃が手招きする。羽鶴が隣へ行くと宵ノ進が持ってきた木箱を開け、ずらりと並んだ生菓子と包みを指差す。
「包みが売り物、生菓子が見本ね。手前に置いて、後は後ろに同じ柄のを並べればいいだけ。好きなところに置くといいよ」
「す、すげぇ……花とか恐ろしくリアル……鳥可愛いな鳥……」
「鶴、宵があと二回来るんだってば。来るときに箱を返した方がお互い楽じゃない」
羽鶴が呑気に観察していると、大瑠璃がさっさと菓子を並べ始めた。慌てて見真似で続く。
「ごめん、ねえこれ、毎朝?」
「そうだよ。休みの日も趣味で皆のお茶分作ってるから日増しに速くなってるんだよ。宵は急がなくていいよなんて言うけれど、三回分の箱を持っていかれでもしたら気持ちが落ち着かないじゃない。この箱、結構重いんだよ。並べ終わったらゆったりでも寛ぐでもお喋りでもするといいよ」
「……大瑠璃って、負けず嫌い?」
「籠屋はみんなそうだよ。よしできた」
「早ッ!! 僕一列……」
「大瑠璃、こちらもお願いします」
「早ッ!!」