一.後ろを振り向くことなかれ

「あははは虎雄らしーや。着付けわかンなかったら俺に聞きな。大瑠璃だとぐっちゃぐちゃになるかンな」
「帯で縛ればいいじゃない」
「僕着付けしっかり覚えるね……」

 衣服をひっぺがされ着物を着せられた羽鶴は本気でそう思った。
 候補と言って二人が寄せた着物の数にぞっとする。日替わりで全部着せる気なのだと顔を青くしていると、立ち居振舞い講座が始まった。

「雨麟と大瑠璃も最初ひっぺがされたわけ?」
「宵に直されはするけれどずっと着物だからね。ないよ、こういうの」
「そうそう洋服の方が珍しいンよ。俺は最初宵ノ進に見てもらったがな」
「え、あー……えーと、二人って、時越え……?」

 ピンク頭のオールバック遊女と、黒髪黒眼の美人は眼を真ん丸にしたあと何度か瞬きした。

「まぁそうだよ。雨麟はちょっと違うけどね」
「そうそうちょっと違うンよ。で足を揃えてゆっくり腰を下ろすのな」
「うぉおお着物ぉおお……! 聞いちゃいけなかった?」
「「説明が面倒」」
「似てるね、雨麟と大瑠璃……そのさばさばしてるところがさ……」

 立ち居振舞い講座をしながら雨麟が大体の流れを口にする。

「宵ノ進と香炉の作った料理を運ぶ、下げる。会場超盛り上げる、たまに一緒に食事かなぁ」
「お座敷はね。盛り上げるのは無理しなくていいよ。鶴は初めてなんだから食事に誘われても断っていいし。人によるんだよお座敷は」

 雨麟が黙って頷いた。お座敷につく人次第で、雰囲気ががらりと変わるらしい。

「大瑠璃は元看板って言ってたけど、お座敷に出ていたの? 今は何もしてないって……」
「そうだねお座敷が多かったね。今出ると面倒なんだよ。だからふらふらしているの」
「でな、羽鶴。壁に鈴がかかってンだろ。あれが鳴ったら忙しかろーがぶっ飛ンでかにゃーならンのよ。鈴がかかってる部屋は三階だけだから、あンまりないけどな」
「あ、僕一昨日鳴らした」
「あンな感じな。一、二階の座敷は一般客、三階は俺らの生活スペース、四階は虎雄のもンだ」
「え、じゃあ僕らが使った部屋って」
「この大瑠璃の気に入りの部屋と、宵の別室だよ。住み込みしてると部屋が二つもらえるの」

 淡々と言う大瑠璃は、あ、と小さく声を漏らした。
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