一.後ろを振り向くことなかれ
「ありがとうございます、羽鶴様」
両親との食事は、和やかに済み。とても優しい表情で、席についていた彼は一言でいうならばとても幸せそうに見えた。
宵ノ進が籠屋へ戻るということに違和感を感じるほどに、打ち解けられたのならそれはとても嬉しいことだと思う。両親はずっと手を振っていた。またおいでと何度も言いながら、父は両手でハートマークを作り手を振りとやたらせわしなく、時折母に頬をつつかれていた。
一人で帰すことがなんだか落ち着かなくて、羽鶴は途中までという約束で宵ノ進の隣を歩いていた。
「本当は籠屋まで送りたいんだけど」
「先程も申し上げましたが御気持ちで十分です。わたくしが御送りする身でありますものを」
「僕が好きでやってるんだからさ、気にしなくていいじゃない」
背中を見たら、寂しそうで、ひとりにしたくないと思った。
「明日から籠屋に行けばいいんだよね。緊張してきた!」
「大丈夫ですよ。皆がおります。学舎は御休みだと伺いましたが羽鶴様は何故明日の朝からを希望されたのですか」
「学校がある日は夕方からになるし、知りたいんだ。みんなのこと」
「羽鶴様、ひとつ御願いがございます」
歩を止め、宵ノ進は体を向けると丸みを残した金の眼で、羽鶴をまっすぐに映す。
「夜は、決して、御一人で出歩きませぬよう。籠屋の者が御送り致しますゆえ、どうか」
「うん、わかった。手間だろうけど、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた羽鶴はそのまま舗装されたコンクリートを見た。少し間があった。返答がないので顔を上げると、宵ノ進が口許へ指を添え笑っている。
「どうかした? 宵ノ進」
「いえ、可愛らしい方だと思いまして」
羽鶴は顔や耳が熱くなるのを感じた。体の芯からざわりと這い上がり、頭の中で様々な言葉が飛び交っては纏まらない。
眼を細め、愛しげに笑う宵ノ進は変わらず綺麗だったけれども、そんな人物を前にして小さな子供のように見られた自分に恥ずかしくなる。
「羽鶴様、これを」
宵ノ進は手のひらに小さな布袋を乗せ、やんわりと差し出した。深い青色の布袋を羽鶴がつまむと、僅かな重みがある。
「宵ノ進、これは?」
「御守りです。出歩く際に持つと良いですよ。わたくしはここでおいとま致します」
「え、まだ全然送ってないし、これ、宵ノ進の御守りじゃ……」
「巻き込んでしまいましたから。羽鶴様。明日、御待ちしております」
一人で歩く後ろ姿はどうにも儚げで、寂しいように映る。
時越えだという彼は、この時代にしっかりと足をついて歩いているはずなのに、あまりに不確かで、目を離せば消えてしまうのではないかと思ってしまう。
どうしてこのような気持ちになるのか、羽鶴はわからないでいた。
それでも彼には、誰か、誰かが隣にいてほしい。
――自分でも、いいだろうか。
やんわりと隣にいることを受け入れ歩いてくれた彼は、おそらくは誰にでも崩さぬ態度で同じようにするのだろう。
けれど笑ったり、話したり、彼と過ごした事は他の誰にもないものだと思いたい。
途中まで送った帰り道は、考え事をしていたせいかやけに短く感じられ。帰宅早々両親は、何だか寂しいわねぇそうだねぇと小首をかしげていた。
恐ろしく場に馴染んで人に好かれてしまうくせに、一歩身を引いたところにいてすぐにいなくなってしまう。
羽鶴は宵ノ進にもらった御守り袋を握りながら階段を上り自室のベッドに転がると、そのまま目を閉じた。
(僕は、何を考えているんだろうか)
両親との食事は、和やかに済み。とても優しい表情で、席についていた彼は一言でいうならばとても幸せそうに見えた。
宵ノ進が籠屋へ戻るということに違和感を感じるほどに、打ち解けられたのならそれはとても嬉しいことだと思う。両親はずっと手を振っていた。またおいでと何度も言いながら、父は両手でハートマークを作り手を振りとやたらせわしなく、時折母に頬をつつかれていた。
一人で帰すことがなんだか落ち着かなくて、羽鶴は途中までという約束で宵ノ進の隣を歩いていた。
「本当は籠屋まで送りたいんだけど」
「先程も申し上げましたが御気持ちで十分です。わたくしが御送りする身でありますものを」
「僕が好きでやってるんだからさ、気にしなくていいじゃない」
背中を見たら、寂しそうで、ひとりにしたくないと思った。
「明日から籠屋に行けばいいんだよね。緊張してきた!」
「大丈夫ですよ。皆がおります。学舎は御休みだと伺いましたが羽鶴様は何故明日の朝からを希望されたのですか」
「学校がある日は夕方からになるし、知りたいんだ。みんなのこと」
「羽鶴様、ひとつ御願いがございます」
歩を止め、宵ノ進は体を向けると丸みを残した金の眼で、羽鶴をまっすぐに映す。
「夜は、決して、御一人で出歩きませぬよう。籠屋の者が御送り致しますゆえ、どうか」
「うん、わかった。手間だろうけど、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた羽鶴はそのまま舗装されたコンクリートを見た。少し間があった。返答がないので顔を上げると、宵ノ進が口許へ指を添え笑っている。
「どうかした? 宵ノ進」
「いえ、可愛らしい方だと思いまして」
羽鶴は顔や耳が熱くなるのを感じた。体の芯からざわりと這い上がり、頭の中で様々な言葉が飛び交っては纏まらない。
眼を細め、愛しげに笑う宵ノ進は変わらず綺麗だったけれども、そんな人物を前にして小さな子供のように見られた自分に恥ずかしくなる。
「羽鶴様、これを」
宵ノ進は手のひらに小さな布袋を乗せ、やんわりと差し出した。深い青色の布袋を羽鶴がつまむと、僅かな重みがある。
「宵ノ進、これは?」
「御守りです。出歩く際に持つと良いですよ。わたくしはここでおいとま致します」
「え、まだ全然送ってないし、これ、宵ノ進の御守りじゃ……」
「巻き込んでしまいましたから。羽鶴様。明日、御待ちしております」
一人で歩く後ろ姿はどうにも儚げで、寂しいように映る。
時越えだという彼は、この時代にしっかりと足をついて歩いているはずなのに、あまりに不確かで、目を離せば消えてしまうのではないかと思ってしまう。
どうしてこのような気持ちになるのか、羽鶴はわからないでいた。
それでも彼には、誰か、誰かが隣にいてほしい。
――自分でも、いいだろうか。
やんわりと隣にいることを受け入れ歩いてくれた彼は、おそらくは誰にでも崩さぬ態度で同じようにするのだろう。
けれど笑ったり、話したり、彼と過ごした事は他の誰にもないものだと思いたい。
途中まで送った帰り道は、考え事をしていたせいかやけに短く感じられ。帰宅早々両親は、何だか寂しいわねぇそうだねぇと小首をかしげていた。
恐ろしく場に馴染んで人に好かれてしまうくせに、一歩身を引いたところにいてすぐにいなくなってしまう。
羽鶴は宵ノ進にもらった御守り袋を握りながら階段を上り自室のベッドに転がると、そのまま目を閉じた。
(僕は、何を考えているんだろうか)