一.後ろを振り向くことなかれ

 ソファーに座った宵ノ進は、変わらず良い花の香りをさせながら、和やかに両親と話を進めている。
 時折両親が笑う場面もあり、お客に出した茶菓子をまず父親が頬張るという事態も見られたが、気に留めぬ宵ノ進は、すぐその場に馴染んでいた。

「いつでもお嫁にきてもいいんだよ宵ノ進ちゃん!」
「父さん話聞いてた?」
「パパったら、気が早いわ。板前さんは忙しいのよ」
「母さん、どうしてお嫁さんが頭からはなれないのかな」
「恐れ入ります」
「ほら宵ノ進困ってる!!」

 肝心の籠屋で働く話は出だしから即オッケーが降り、後は雑談が主である。
 会話好きな両親と、何やら楽しげな宵ノ進を見ていると、この人は元からここにいたのではないかという気持ちになり、羽鶴はふと思った。

 この人の家族はどういう人なのだろう。

 イメージ通りなら、ふわふわしていそうだ。
 羽鶴がぼんやり考えていると、両親と宵ノ進が立ち上がり互いにお辞儀をしている。そして何やら引き留めて、再びソファーに礼装の男が座らされるのである。

「わぁーい宵ノ進ちゃんとママのご飯が食べれるぞー! ママぁー! 僕も手伝うねー!」
「もうパパったらはしたないんだから。待っててね宵ノ進ちゃん。一緒にご飯食べましょうね」
「御気遣い、恐れ入ります」
「その言葉使いもほぐしちゃうぞ~!」
「パパ、手つきが怪しいわ」
「僕はママ一筋だよ!」
「いいから台所行けよ二人よぉ」

 始終喋りっぱなしの両親が台所へ行くと、部屋の中がとても静かに感じた。

「優しいですね。ご両親」
「引き留めて悪いね、宵ノ進。忙しいのにさ」
「いえ、今日はお休みを頂いておりますから。それに、人と話すのは楽しいです」
(……? 板前の貴重な休みが我が家に……! つうか用事で半日働いてるぞ宵ノ進……!)
「宵ノ進の家族はふわふわしてそうだよね。あと物凄く丁寧そう」
「わたくしは覚えておりませんので、どういったものかよくわからないのです」
「……え?」

 思わず宵ノ進を見た。
 いくら考えても思い当たる節がない、何度も考えた末の、そのような眼をしている。

「父や母、兄弟がいるそうですね。わたくしは、うらやましく思っておりました。ひとりでないということは、なんて心強いのだと。大瑠璃と出会うまで、よそのうちを転々と手伝いをして回っていましたね」
「宵ノ進、いいの? 僕に話して」
「気を悪くされましたか」
「いやそうじゃないけど、なんか、ぴんとこない」
「……ああ、それもそうですね。おかしな話です。小さいおのこが手伝いをして回るなど、今では考えられませんね。わたくしは、虎雄様が言うにこの時代の人ではないのだそうです。“時越え”というそうですよ」
「…………………………話、ぶっ飛んだ」
「そうですか?」

 小首をかしげる宵ノ進が、やはりたまにずれていると思う羽鶴である。
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