三.菊花百景
大瑠璃と宵ノ進が座敷へ行くと、顔の血を綺麗に洗い流した羽鶴がもつもつとどでかいおにぎりを頬張っており、朝日と鉄二郎に加え休んでいるはずの白鈴、雨麟、香炉の姿もあるために内心で怪訝な顔をする。
「来たわね。厨房を借りたわ。大丈夫よぉおにぎりとお茶分だけいじっただけだから」
「いや自分家なんだから好きにしたらいいじゃない。寝てなくて大丈夫なわけ?」
「お、大瑠璃……! 私たちは自分で降りて来たので大丈夫です……!」
「そーそー歩けるくらいにはなったわ。眩暈もおさまったしよ」
「おなじく……」
「鶴ちゃんに関しては虎雄様のスペシャルおにぎりに夢中だし大丈夫だよ!」
「ハムスターみてぇだなぁ」
「そういえば若の助はお部屋の薬湯に必ず入ること! 今用意してる薬湯にぶち込めって虎雄様が」
「そうそうそれで両足も良くなるわよォ。虎雄のスペシャルブレンドよ。というか大瑠璃、あんたそんな怖い顔しないの。皆怯えるわよ」
既に怯えている白鈴を無視して大瑠璃は宵ノ進と襖の前に座り込む。逃げ場が無いのだが、と白鈴と雨麟が思った先で機嫌の悪さを隠しもしない大瑠璃は虎雄を睨め付けた。
「虎雄、あの札だけど」
「あらぁ、バレた?」
「虎雄の血で描いたでしょ。無理しないでくれる」
「確かに墨に血を混ぜたけど、たいした影響はないわよ。身代わりの面が割れただけ」
「虎雄の寿命が削れたってことでしょ、二度とやらないで」
「えっ店長の寿命が……? 僕たしかにみんなの力を借りたいって言ったけど、それは聞いてないよ!?」
「やり方は各々に任せるって感じの話だったでしょう、私は私の責任でやったの。羽鶴ボーイも大瑠璃も、後から聞いてないぞ! って騒がないでちょうだいな。それほど強力なモノだったということ。できることをしなかったら、ここに皆揃ってなかったかもしれない。私はそれは嫌だったの」
「ともかくよ、宵ノ進に付きまとってた引き寄せ刀は消滅したって事でいいンだよな……?」
「そう、だと思います。或いはあちらの時代に還ったのかもしれない……そのような気がするのです」
「なんでぃ歯切れが悪ぃなあ。……ん? 時代?」
「あら言ってなかったかしらぁ、この子こことは別の時代から来てるのよ」
「あ~なるほど、それでか。まあ俺にとっちゃ関係ないがなあ。あー嫁にしたい」
「今その話はいいですから」
「俺ぁ待つのも飽きたからよ、今後も顔出しにくらぁ。覚悟しておけよな、俺はしつこいぞ」
「存じております」
「手厳しいな」
俯いていた宵ノ進は顔を上げる。どうして皆何事も無かったような顔をしているのだろう。誰かが、皆が欠けてしまったかもしれないのに。
「皆に、ご迷惑をおかけして……」
言葉が出てこない。喉が締め付けられて奥でつっかえる。自分の身体であるのに、思う様にならない。
「迷惑だなんて思ってないわヨォ。私はね」
「あ! 虎雄様ずるい! 朝日ちゃんもだし!」
「わ、私もですし……怖かったですけれど……」
「わたしも……おなじく……」
「俺もそうだっつーのな」
「迷惑だったら首突っ込んでないよね。僕また宵ノ進のご飯も食べたい」
「腹ぺこか? 皆こう言ってるし気にするなよ宵ノ進。俺んとこの方もそうでぃ」
「そういうわけには……」
「宵のこと責めるやつがいたらぶん殴ることにしてるから」
「またあんたは物騒なこと言う。明日お肉抜きよ?」
「なんでぃ派手にやるのかぃ? それなら良い肉が入ってんぜ?」
「そうね明日いただくわ。あんたも来るでしょ?」
「いや俺は遠慮しておく。籠屋で好きにやってくんな」
「明日お肉食べれる……?」
「鶴はどれだけおなかをすかせているの」
「鶴ちゃんは明日病院で診てもらってからの方が良いと思うけどなー!」
「えぇ……僕ほんとになんともないしこれ以上勉強が遅れるとまずいんだけどなあ」
「申し訳、ございません……」
「うわぁあ宵ノ進謝らないでよ!? 大瑠璃も睨まないでよ! 怖いよ!!」
「もとからこういう顔だわ」
「嘘つけ! 表情の話してんの!」
「鶴ちゃん午前中だけ休んで午後は出たらいいんじゃないの?」
「ではわたくしがご一緒いたしますれば」
「学校には私が連絡しておくわネ」
「なんか話がまとまってるんだけど!?」
「いいから明日は行ってきなよ鶴。宵も無理はしないでくれる」
「わたくし! 身体が丈夫なのが取り柄のようなので!」
「行きたいのはわかったけれどほんとうに無理だけはしないで」
「今更なんだが怪我の具合はどうなんでぃ……?」
「見てのとおりにございますれば」
「はいはい、あんたたちもういい時間なんだから身支度して寝なさい、朝食は私が作るから宵ノ進は羽鶴ボーイをお願いね」
「わたしも、つくる……」
「あらぁ香炉ちゃん助かるわぁ、一緒に作りましょ。というわけで、解散!」
虎雄の一声で皆立ち上がり出口に近い大瑠璃と宵ノ進が廊下へ出ると、朝日がちょいちょいと手招きする。
「若の助は部屋に案内するから来な!」
「おーそりゃ助かるな。頼むわ」
朝日と鉄二郎が退出し、白鈴と香炉も続く。虎雄が「灯り消すわよ~」と言う中、廊下に出た雨麟と羽鶴は顔を見合わせた。
「つつ兄、大丈夫かなあ……」
「会いに行こうよ、僕明日病院と学校あるからその次の日になっちゃうけど……お土産持って会いに行こう。きっと大丈夫だよ、そうだ明日電話してみたらどうかな」
「うン……あンがとな羽鶴」
ずっと気がかりでいたが言い出せずにいたピンク頭を虎雄の大きな手がわしわしと撫でる。
「私がこれだけ元気なんだもの、大丈夫よ。うんと美味しいお土産持って行きましょ」
「うン……」
「さあ今日は寝なさい二人とも。眠れなかったら私の部屋に来なさいな。よく眠れる香があるからね」
虎雄に促されるまま自室へ向かい歩いた雨麟と羽鶴は何度も似たようなやり取りをして「また明日」と三階で別れる。不安でたまらない雨麟にかけれる言葉は限られていて、その度に羽鶴の心を重くした。心配でない訳ではなく、雨麟にかけてやれる自身の言葉の少なさに嫌気が差すのだ。
ツツジが守ってくれなければ、きっと光を欠いていた。たくさんの考え事をしながら、羽鶴は布団に潜ると目を閉じた。
「来たわね。厨房を借りたわ。大丈夫よぉおにぎりとお茶分だけいじっただけだから」
「いや自分家なんだから好きにしたらいいじゃない。寝てなくて大丈夫なわけ?」
「お、大瑠璃……! 私たちは自分で降りて来たので大丈夫です……!」
「そーそー歩けるくらいにはなったわ。眩暈もおさまったしよ」
「おなじく……」
「鶴ちゃんに関しては虎雄様のスペシャルおにぎりに夢中だし大丈夫だよ!」
「ハムスターみてぇだなぁ」
「そういえば若の助はお部屋の薬湯に必ず入ること! 今用意してる薬湯にぶち込めって虎雄様が」
「そうそうそれで両足も良くなるわよォ。虎雄のスペシャルブレンドよ。というか大瑠璃、あんたそんな怖い顔しないの。皆怯えるわよ」
既に怯えている白鈴を無視して大瑠璃は宵ノ進と襖の前に座り込む。逃げ場が無いのだが、と白鈴と雨麟が思った先で機嫌の悪さを隠しもしない大瑠璃は虎雄を睨め付けた。
「虎雄、あの札だけど」
「あらぁ、バレた?」
「虎雄の血で描いたでしょ。無理しないでくれる」
「確かに墨に血を混ぜたけど、たいした影響はないわよ。身代わりの面が割れただけ」
「虎雄の寿命が削れたってことでしょ、二度とやらないで」
「えっ店長の寿命が……? 僕たしかにみんなの力を借りたいって言ったけど、それは聞いてないよ!?」
「やり方は各々に任せるって感じの話だったでしょう、私は私の責任でやったの。羽鶴ボーイも大瑠璃も、後から聞いてないぞ! って騒がないでちょうだいな。それほど強力なモノだったということ。できることをしなかったら、ここに皆揃ってなかったかもしれない。私はそれは嫌だったの」
「ともかくよ、宵ノ進に付きまとってた引き寄せ刀は消滅したって事でいいンだよな……?」
「そう、だと思います。或いはあちらの時代に還ったのかもしれない……そのような気がするのです」
「なんでぃ歯切れが悪ぃなあ。……ん? 時代?」
「あら言ってなかったかしらぁ、この子こことは別の時代から来てるのよ」
「あ~なるほど、それでか。まあ俺にとっちゃ関係ないがなあ。あー嫁にしたい」
「今その話はいいですから」
「俺ぁ待つのも飽きたからよ、今後も顔出しにくらぁ。覚悟しておけよな、俺はしつこいぞ」
「存じております」
「手厳しいな」
俯いていた宵ノ進は顔を上げる。どうして皆何事も無かったような顔をしているのだろう。誰かが、皆が欠けてしまったかもしれないのに。
「皆に、ご迷惑をおかけして……」
言葉が出てこない。喉が締め付けられて奥でつっかえる。自分の身体であるのに、思う様にならない。
「迷惑だなんて思ってないわヨォ。私はね」
「あ! 虎雄様ずるい! 朝日ちゃんもだし!」
「わ、私もですし……怖かったですけれど……」
「わたしも……おなじく……」
「俺もそうだっつーのな」
「迷惑だったら首突っ込んでないよね。僕また宵ノ進のご飯も食べたい」
「腹ぺこか? 皆こう言ってるし気にするなよ宵ノ進。俺んとこの方もそうでぃ」
「そういうわけには……」
「宵のこと責めるやつがいたらぶん殴ることにしてるから」
「またあんたは物騒なこと言う。明日お肉抜きよ?」
「なんでぃ派手にやるのかぃ? それなら良い肉が入ってんぜ?」
「そうね明日いただくわ。あんたも来るでしょ?」
「いや俺は遠慮しておく。籠屋で好きにやってくんな」
「明日お肉食べれる……?」
「鶴はどれだけおなかをすかせているの」
「鶴ちゃんは明日病院で診てもらってからの方が良いと思うけどなー!」
「えぇ……僕ほんとになんともないしこれ以上勉強が遅れるとまずいんだけどなあ」
「申し訳、ございません……」
「うわぁあ宵ノ進謝らないでよ!? 大瑠璃も睨まないでよ! 怖いよ!!」
「もとからこういう顔だわ」
「嘘つけ! 表情の話してんの!」
「鶴ちゃん午前中だけ休んで午後は出たらいいんじゃないの?」
「ではわたくしがご一緒いたしますれば」
「学校には私が連絡しておくわネ」
「なんか話がまとまってるんだけど!?」
「いいから明日は行ってきなよ鶴。宵も無理はしないでくれる」
「わたくし! 身体が丈夫なのが取り柄のようなので!」
「行きたいのはわかったけれどほんとうに無理だけはしないで」
「今更なんだが怪我の具合はどうなんでぃ……?」
「見てのとおりにございますれば」
「はいはい、あんたたちもういい時間なんだから身支度して寝なさい、朝食は私が作るから宵ノ進は羽鶴ボーイをお願いね」
「わたしも、つくる……」
「あらぁ香炉ちゃん助かるわぁ、一緒に作りましょ。というわけで、解散!」
虎雄の一声で皆立ち上がり出口に近い大瑠璃と宵ノ進が廊下へ出ると、朝日がちょいちょいと手招きする。
「若の助は部屋に案内するから来な!」
「おーそりゃ助かるな。頼むわ」
朝日と鉄二郎が退出し、白鈴と香炉も続く。虎雄が「灯り消すわよ~」と言う中、廊下に出た雨麟と羽鶴は顔を見合わせた。
「つつ兄、大丈夫かなあ……」
「会いに行こうよ、僕明日病院と学校あるからその次の日になっちゃうけど……お土産持って会いに行こう。きっと大丈夫だよ、そうだ明日電話してみたらどうかな」
「うン……あンがとな羽鶴」
ずっと気がかりでいたが言い出せずにいたピンク頭を虎雄の大きな手がわしわしと撫でる。
「私がこれだけ元気なんだもの、大丈夫よ。うんと美味しいお土産持って行きましょ」
「うン……」
「さあ今日は寝なさい二人とも。眠れなかったら私の部屋に来なさいな。よく眠れる香があるからね」
虎雄に促されるまま自室へ向かい歩いた雨麟と羽鶴は何度も似たようなやり取りをして「また明日」と三階で別れる。不安でたまらない雨麟にかけれる言葉は限られていて、その度に羽鶴の心を重くした。心配でない訳ではなく、雨麟にかけてやれる自身の言葉の少なさに嫌気が差すのだ。
ツツジが守ってくれなければ、きっと光を欠いていた。たくさんの考え事をしながら、羽鶴は布団に潜ると目を閉じた。