三.菊花百景
三日後の夕方、宵ノ進が退院して籠屋へと戻って来た。本来ならばもっと日数がかかるものだが、本人が指していたように鬼故の治癒力によるものらしい。
その間籠屋にはどこから聞きつけたのか宵ノ進宛の見舞いの品がわんさか届き大瑠璃が呆れ顔になっていた。
「金魚までいるよ何匹目だよ宵の部屋を金魚だらけにする気か」
「庭の池に放したら?」
「やめろ鳥につつかれる」
「皆に御迷惑を……申し訳なく……」
「まだ本調子じゃないんだからゆっくりしてなよ喋れるだけ奇跡的だってあの杯の驚いた顔ったら」
「杯様にも本当にお世話になりまして……。今度御礼に行かなくては。すばめ屋にも謝りに行かねばなりません」
「危ないからやめてよ宵。そのうち鉄二郎が訪ねてくるからその時にしてくれる?」
「わたくしまた外出ができなくなりますので?」
「引き寄せ刀が力を増してる気がするの。他人を使うなんて気分が悪いでしょ。籠屋にいて一緒にいるから」
「……仕方のないことなのですね。わたくしと共に出掛ければ、その方が危険な目に遭ってしまう。羽鶴様、怖かったでしょう。けれど、貴方が御無事で良かった」
「助けてくれてありがとう、宵ノ進。怖かったけど、大丈夫。宵ノ進が帰って来てくれたから」
宵ノ進はほんの少し笑った。心の痛んだ笑い方だった。
「香炉にも負担をかけてしまいすみません。わたくし……」
「いいからねてろ……手伝ったらはったおす……」
「あらまぁ……」
「そうよ宵ノ進。手伝ってたら怒るわよ。静養なさい」
「うへぇ宵ちゃん怒られてら。まーでも朝日ちゃんもドロップキックしちゃうかな!」
「どろ……?」
「雨麟ちゃンも続いちゃおっかな!」
「私も……続きますね……」
「みんな必殺技がそれなの?」
羽鶴は怪我の続く宵ノ進を不安に思いながら皆から散々な言われようの横顔を眺めて瞬いた。もしかしたらいなくなっていたかもしれない。そう思った瞬間、ぼたり、涙が一粒畳の上に落ちた。
「あれ、えっと僕」
「鶴の泣き虫」
「う、うるさいな……! なんか急に出てきたの!」
ギャーギャー喧嘩の始まった二人に構わずふわ、と羽鶴の銀髪を宵ノ進の手が撫でる。
ふわふわ、ふわふわ。撫でられてぽろぽろと溢れ出した涙を指が掬う。なかないで。そんな言葉が聞こえた気がした。
ばす、と羽鶴はお叱り覚悟で宵ノ進に抱きついて、びくりと驚いた身体に手を回す。頭を撫でていた手は今度はふたつ、柔らかに羽鶴を抱き込んだ。ぽんぽん、と背を叩かれて羽鶴の痩せ我慢など吹き飛ばす。途端、声を上げて泣いてしまった。
その間籠屋にはどこから聞きつけたのか宵ノ進宛の見舞いの品がわんさか届き大瑠璃が呆れ顔になっていた。
「金魚までいるよ何匹目だよ宵の部屋を金魚だらけにする気か」
「庭の池に放したら?」
「やめろ鳥につつかれる」
「皆に御迷惑を……申し訳なく……」
「まだ本調子じゃないんだからゆっくりしてなよ喋れるだけ奇跡的だってあの杯の驚いた顔ったら」
「杯様にも本当にお世話になりまして……。今度御礼に行かなくては。すばめ屋にも謝りに行かねばなりません」
「危ないからやめてよ宵。そのうち鉄二郎が訪ねてくるからその時にしてくれる?」
「わたくしまた外出ができなくなりますので?」
「引き寄せ刀が力を増してる気がするの。他人を使うなんて気分が悪いでしょ。籠屋にいて一緒にいるから」
「……仕方のないことなのですね。わたくしと共に出掛ければ、その方が危険な目に遭ってしまう。羽鶴様、怖かったでしょう。けれど、貴方が御無事で良かった」
「助けてくれてありがとう、宵ノ進。怖かったけど、大丈夫。宵ノ進が帰って来てくれたから」
宵ノ進はほんの少し笑った。心の痛んだ笑い方だった。
「香炉にも負担をかけてしまいすみません。わたくし……」
「いいからねてろ……手伝ったらはったおす……」
「あらまぁ……」
「そうよ宵ノ進。手伝ってたら怒るわよ。静養なさい」
「うへぇ宵ちゃん怒られてら。まーでも朝日ちゃんもドロップキックしちゃうかな!」
「どろ……?」
「雨麟ちゃンも続いちゃおっかな!」
「私も……続きますね……」
「みんな必殺技がそれなの?」
羽鶴は怪我の続く宵ノ進を不安に思いながら皆から散々な言われようの横顔を眺めて瞬いた。もしかしたらいなくなっていたかもしれない。そう思った瞬間、ぼたり、涙が一粒畳の上に落ちた。
「あれ、えっと僕」
「鶴の泣き虫」
「う、うるさいな……! なんか急に出てきたの!」
ギャーギャー喧嘩の始まった二人に構わずふわ、と羽鶴の銀髪を宵ノ進の手が撫でる。
ふわふわ、ふわふわ。撫でられてぽろぽろと溢れ出した涙を指が掬う。なかないで。そんな言葉が聞こえた気がした。
ばす、と羽鶴はお叱り覚悟で宵ノ進に抱きついて、びくりと驚いた身体に手を回す。頭を撫でていた手は今度はふたつ、柔らかに羽鶴を抱き込んだ。ぽんぽん、と背を叩かれて羽鶴の痩せ我慢など吹き飛ばす。途端、声を上げて泣いてしまった。