一.後ろを振り向くことなかれ

***

 敷地の端の端、整えられた砂利を除け、剥き出しの地面を見下ろした。
 風が生温く肌を撫で、追い風であることに口許が僅かに緩む。

「急いても、わたくしは出てきませんよ」

 呟くと、左の親指に歯を立て手のひらを地面へ向けた。ぱたぱたと、それが染み込むまでただずっと、その様を見ていた。
 傷が塞がらぬうちに見つかれば、またあの人たちの心を傾けてしまうのだろう。なれど、気にかけることはないと伝える程歩み寄る彼らに、それはどうしてなのかと訊ねたくとも何故だか気が引けた。
 除けた砂利を戻し敷地の外を見れば、蛍が横を通り過ぎ、敷地の中へと進んでいった。その数は決して多くはなかったけれども、ちらほら飛んだ最後の光を見送ると、ただ、笑う。

 口許だけが笑んでいる。
 そんなことはわかっている。わかっているのだ。
 蛍が飛んできた暗がりの向こうに、地べたを這って叫び回る引き寄せ刀がいる。

 くやしいだろう、
 くやしいだろう、
 私にすべてを阻まれて。


 それでも、あのこには。

 あのこは、このようなことを喜ばないだろう。
 このようなわたくしを喜ばないだろう。

 知っている。胴を貫かれる痛みも、水底へゆく身体の寒さも。あれが、何であるのかも。


「貴方は、わたくしとゆきたくとも身体はもう、動かぬのですからお休みになられたらよいではないですか」


 くすりと笑えば、暗がりの向こうで甲高い声が響いた。がりがりと土を掻き、何度も体を地面へぶつけているのだろう。
 その様を思い浮かべると、そのままばらけてしまえばいいのにと思いながら笑うことをやめた。


「なれど、このような」



 頭に浮かんだ顔を振り払う。
 大切にされるほど、その人に触れることは躊躇われた。
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