三.菊花百景
早朝、雨麟が門前を掃いていると一羽の鳩が肩に留まった。
「ン、虎雄、手紙~!」
「買い物に行くぅー!?」
また反感を買いそうなことを……! という言葉を羽鶴は飲み込む。普通の、普通のことなのだ。それを良しとしない事柄の方こそおかしい。だんまりする羽鶴に朝日が斜めの前髪を揺らして小首を傾げた。
「鶴ちゃんハゲるんじゃない?」
「え!! とてもやだ!!」
「鶴ちゃんは留守番だから待ってるだけ、だいじょぶだいじょぶ、朝日ちゃんと大瑠璃が一緒なんだから!」
「朝日この大瑠璃をまた荷物持ちに数えたな行かないからな」
「ええ~……! 仕方ない腕二本で許してやる!」
「二度とイイトコのチョコやらない」
「娑婆の空気を吸いに行こうぜ宵ちゃん!」
「ではお供させていただきます」
「へ~、朝日と宵ノ進が出掛けるって珍しい……ってあ!! 僕も行く!!」
「! 自ら志願するとは!! 鶴ちゃんも同行を許そう!! 朝日ちゃんには腕が四本必要なのだ! お買い物楽しみ! レッツゴー!!」
「またわからない横文字を……」
「いいから気をつけて行ってくるんだよ宵」
商店街は今日も観光客や柊町民で賑やかである。
派手な看板のとある服屋に連れてこられた羽鶴と宵ノ進は、店頭に並ぶ派手な服たちと犇めき合う客たちを前にキラキラした顔で片手を上げた朝日が眩しく映った。
「じゃあ茶でも飲んで待っててくれたまえ野郎共!!」
「うわすっ飛んでった!! それにしても商店街で洋服が売ってるなんて珍しいな……和風と洋風を合わせた感じだな……ちょっとほしいかも……」
「朝日の気に入りなのですよ、羽鶴様も見て来られては如何ですか?」
「うう……この人混みの中に入るのは勇気がいるなあ……はじめてのジャンルの服屋……うう……ちょっとだけ……あっ宵ノ進これ、お守り返すね!! ちゃんと座っててね!!」
「ええ、ありがとうございます。ふふ」
道理でついてきたわけだと微笑んだ宵ノ進は、犇めき合う店内へ入るのは御免なので店先の椅子で大人しく行き交う人々を眺めていた。首から機械を下げた観光客、手の中の機械を壊れたと言って覗き込む観光客、大量の紙袋を提げて楽しそうに会話をする観光客、その姿を面白そうに見ている町民。その中で、子供がぽつんと歩いていたので気になり声をかけてしまった。普段ならば羽鶴のように学舎へ行っている筈である。背丈は羽鶴よりもうんと小さく、背負い鞄が似合う年頃の子供は可愛げのない目つきとへの字に曲がった口から乱暴に言葉を吐く。
「なんだよ」
「おや、学舎はどうされたのですか?」
「おまえ女なのになんで男の格好してるんだ?」
「ふふ、わたくしには些細な事にございます。甘味の好みの様なものです。何か召し上がりますか?」
「知らない人から何かもらうのは危ないって聞いたぞ」
「まあ、まあ……! それはようございます。それではこちらは如何です?」
「人の話聞いてるかお前」
派手な服屋の向かいに見えるおやき屋さんにてこてこ歩いて行った宵ノ進に子供も続く。
「ここのつくださいな」
「はいよ!」
「めっちゃ買うな」
できたての紙に包まれたおやきを差し出しながら、宵ノ進はふんわりと笑った。
「どうぞ、わたくしは貴方の知らぬ者ですが、店主が今焼いてくださった甘味ならば信じられますでしょう?」
「ありが、と……」
「こちらに座っては如何です?」
派手な服屋の店先の椅子に座って食べる子供は、隣に座ってまたまったりと人混みを見ている宵ノ進にぽつりと言った。小学生、不登校。それでちょっと都合がよろしくなくどうしたものかと飛び出したはいいがふらふらしていて腹も減ってた、ということらしい。よかった、迷子ではなかった。
「帰っても良い家があるのでしたら、帰ってみては如何です? 貴方の気持ちを話してみては?」
「カーッとなっちゃうんだ。だからいつもうまく話せなくて」
「では手紙をしたためては如何でしょう。気持ちも伝わりやすいかと」
「わかった、してみる。お前、変わってるな」
「そうでしょうか……? 皆の方が変わっているのでは……? うん……? そうです、籠屋に遊びにいらしては如何ですか? この通りをずうっと真っ直ぐ登ってゆくと大きな御屋敷が見えるのですがね、門の所の提灯に籠屋と記してあるのですよ」
「勧誘には乗らない」
「そうでした、わたくし貴方の知らない者でした、うふふ」
「おーい! 買い物終わったよーん!」
穏やかに笑う宵ノ進に怪訝な顔つきになる子供は飛んできた明るい声にびくりと体を震わせると勢い良く椅子から飛び降りて走り去ってしまった。
「あれまぁ」
「宵ちゃん知り合い? 荷物持って」
「少しお話を。また買い込みましたね朝日」
「僕パーカー買っちゃった……まさかセールもしてるなんて……手が出てしまった……」
「このお店いいでしょ~! 一点モノも多いから大好きなの! 鶴ちゃんも荷物持って」
「もしかしてまだどっか行くの?」
「おうよ!」
「朝日ほどほどでお願いしますね」
「そういえば僕今日も休みってことは明日と明後日も普通に学校休みなんだけど大丈夫かこれ……」
「おっといいこと聞いた~! 遊びたい放題じゃない鶴ちゃん~!」
「勉強が遅れる……困ったぞ……」
「二日分と補習分だっけ? なんとかなるんじゃない?」
「そんな簡単に言うー……!」
「わたくしも何かお手伝いできれば良いのですが……身の回りのお世話の他に役立てそうもありませぬ……」
「それ充分ありがたいから……毎日ありがとう……」
「ン、虎雄、手紙~!」
「買い物に行くぅー!?」
また反感を買いそうなことを……! という言葉を羽鶴は飲み込む。普通の、普通のことなのだ。それを良しとしない事柄の方こそおかしい。だんまりする羽鶴に朝日が斜めの前髪を揺らして小首を傾げた。
「鶴ちゃんハゲるんじゃない?」
「え!! とてもやだ!!」
「鶴ちゃんは留守番だから待ってるだけ、だいじょぶだいじょぶ、朝日ちゃんと大瑠璃が一緒なんだから!」
「朝日この大瑠璃をまた荷物持ちに数えたな行かないからな」
「ええ~……! 仕方ない腕二本で許してやる!」
「二度とイイトコのチョコやらない」
「娑婆の空気を吸いに行こうぜ宵ちゃん!」
「ではお供させていただきます」
「へ~、朝日と宵ノ進が出掛けるって珍しい……ってあ!! 僕も行く!!」
「! 自ら志願するとは!! 鶴ちゃんも同行を許そう!! 朝日ちゃんには腕が四本必要なのだ! お買い物楽しみ! レッツゴー!!」
「またわからない横文字を……」
「いいから気をつけて行ってくるんだよ宵」
商店街は今日も観光客や柊町民で賑やかである。
派手な看板のとある服屋に連れてこられた羽鶴と宵ノ進は、店頭に並ぶ派手な服たちと犇めき合う客たちを前にキラキラした顔で片手を上げた朝日が眩しく映った。
「じゃあ茶でも飲んで待っててくれたまえ野郎共!!」
「うわすっ飛んでった!! それにしても商店街で洋服が売ってるなんて珍しいな……和風と洋風を合わせた感じだな……ちょっとほしいかも……」
「朝日の気に入りなのですよ、羽鶴様も見て来られては如何ですか?」
「うう……この人混みの中に入るのは勇気がいるなあ……はじめてのジャンルの服屋……うう……ちょっとだけ……あっ宵ノ進これ、お守り返すね!! ちゃんと座っててね!!」
「ええ、ありがとうございます。ふふ」
道理でついてきたわけだと微笑んだ宵ノ進は、犇めき合う店内へ入るのは御免なので店先の椅子で大人しく行き交う人々を眺めていた。首から機械を下げた観光客、手の中の機械を壊れたと言って覗き込む観光客、大量の紙袋を提げて楽しそうに会話をする観光客、その姿を面白そうに見ている町民。その中で、子供がぽつんと歩いていたので気になり声をかけてしまった。普段ならば羽鶴のように学舎へ行っている筈である。背丈は羽鶴よりもうんと小さく、背負い鞄が似合う年頃の子供は可愛げのない目つきとへの字に曲がった口から乱暴に言葉を吐く。
「なんだよ」
「おや、学舎はどうされたのですか?」
「おまえ女なのになんで男の格好してるんだ?」
「ふふ、わたくしには些細な事にございます。甘味の好みの様なものです。何か召し上がりますか?」
「知らない人から何かもらうのは危ないって聞いたぞ」
「まあ、まあ……! それはようございます。それではこちらは如何です?」
「人の話聞いてるかお前」
派手な服屋の向かいに見えるおやき屋さんにてこてこ歩いて行った宵ノ進に子供も続く。
「ここのつくださいな」
「はいよ!」
「めっちゃ買うな」
できたての紙に包まれたおやきを差し出しながら、宵ノ進はふんわりと笑った。
「どうぞ、わたくしは貴方の知らぬ者ですが、店主が今焼いてくださった甘味ならば信じられますでしょう?」
「ありが、と……」
「こちらに座っては如何です?」
派手な服屋の店先の椅子に座って食べる子供は、隣に座ってまたまったりと人混みを見ている宵ノ進にぽつりと言った。小学生、不登校。それでちょっと都合がよろしくなくどうしたものかと飛び出したはいいがふらふらしていて腹も減ってた、ということらしい。よかった、迷子ではなかった。
「帰っても良い家があるのでしたら、帰ってみては如何です? 貴方の気持ちを話してみては?」
「カーッとなっちゃうんだ。だからいつもうまく話せなくて」
「では手紙をしたためては如何でしょう。気持ちも伝わりやすいかと」
「わかった、してみる。お前、変わってるな」
「そうでしょうか……? 皆の方が変わっているのでは……? うん……? そうです、籠屋に遊びにいらしては如何ですか? この通りをずうっと真っ直ぐ登ってゆくと大きな御屋敷が見えるのですがね、門の所の提灯に籠屋と記してあるのですよ」
「勧誘には乗らない」
「そうでした、わたくし貴方の知らない者でした、うふふ」
「おーい! 買い物終わったよーん!」
穏やかに笑う宵ノ進に怪訝な顔つきになる子供は飛んできた明るい声にびくりと体を震わせると勢い良く椅子から飛び降りて走り去ってしまった。
「あれまぁ」
「宵ちゃん知り合い? 荷物持って」
「少しお話を。また買い込みましたね朝日」
「僕パーカー買っちゃった……まさかセールもしてるなんて……手が出てしまった……」
「このお店いいでしょ~! 一点モノも多いから大好きなの! 鶴ちゃんも荷物持って」
「もしかしてまだどっか行くの?」
「おうよ!」
「朝日ほどほどでお願いしますね」
「そういえば僕今日も休みってことは明日と明後日も普通に学校休みなんだけど大丈夫かこれ……」
「おっといいこと聞いた~! 遊びたい放題じゃない鶴ちゃん~!」
「勉強が遅れる……困ったぞ……」
「二日分と補習分だっけ? なんとかなるんじゃない?」
「そんな簡単に言うー……!」
「わたくしも何かお手伝いできれば良いのですが……身の回りのお世話の他に役立てそうもありませぬ……」
「それ充分ありがたいから……毎日ありがとう……」