三.菊花百景
大瑠璃と宵ノ進が帰ってきたのは日暮れ前のことであった。
「なんだ鶴、起きたの」
「羽鶴様、お加減はいかがでしょう……?」
「大事とって明日も休むってよ。虎雄がもう手配しちまった」
「まあ、それが宜しいかと! そうです羽鶴様、今宵はお月見なのですよ。多少雲が出そうですが……これからお支度しなければ」
「きょうサボったよいのしんのかわりに準備したわたしの気持ちをひとことで……」
「香炉に感謝」
「なぐろう……」
あれやこれやとじゃれ合う板前が厨房へ消え、見送った大瑠璃が羽鶴へ視線を戻す。
「夏馬の奴にも団子を持って行ったんだけれどあいつその場じゃ食べなくてね。夜に食べるって言い張ってなんか変だったよ。食べればいいのに」
「緊張してそれどころじゃなかったんじゃない? 喉を通らないっていうだろ」
「ちゃンと供えてから食べたかったンじゃねぇのか? あンま気にするこたねぇよ」
「そう? 食べるならいいのだけれど」
「ところで飯は食えそうかー? 一応少なめに粥は作ってもらったンだがよ。少しだけでも食わねぇと」
「これだけ人の話が聞けるなら食べれそうじゃない? まぁ、ゆっくり休みなよ」
「うん、なんだか食べれそうな気がする。ありがとう、二人とも」
ぼんやり粥をいただいて、部屋へ行った大瑠璃と厨房の手伝いへ行った雨麟を見送り更にぼんやりしていると、襖の横できょろきょろと白い髪がふわりと行き来している。声をかけようか迷うも、人がいないことに安堵した白髪はすすす、と羽鶴の隣に腰を下ろした。
「羽鶴さん、羽鶴さん、こちらは秘伝の一口団子です。食べると元気が出ますよ。決して怪しいものではないので皆が来る前にどうぞ……!」
「怪しい」
「ええええ! 本当に怪しくないんですってば! 内緒じゃないと効果がないんです……! ささ、どうぞ……!」
「今すごい言ってる気がするんだけど。ありがとう、いただきます」
ぱくり、一口で食べるやなんてことはない普通の団子なのだが、柔らかな甘味が体に染みる。
白鈴はふわりと微笑んで、もぐもぐと食べ終えた羽鶴を見つめた。
「必ず良くなりますからね」
「うん……? 白鈴、一体どうして……」
「それは羽鶴さんが心配だったからです……! うふふ、羽鶴さんはゆっくりした感じがして良いですね。籠屋や移ろいは忙しないのに、ゆっくりとしていて。……」
白鈴は言葉を飲み込んで、続ける。
「羽鶴さんは今呪われかけています」
「はぇ」
「でも本筋の方じゃないので傷は浅いと言いますか……影響は少ない方だと言いますか……嫉妬の類です」
「引き寄せ刀かあ……超絶しつこい……」
「まったりな羽鶴さんを呪うだなんておこです! 白鈴は怒りました! なのでお団子で対策です!」
「籠屋ってなんでこうオカルトに詳しそうな人たちが集まってるんだろう」
「自然とそうなりました!」
「なるかなあ普通そうかなあ」
「ほら、元気が出てきたでしょう?」
「あ、ほんとだ少し喋れてる……」
「ふふ、一安心ですね。無理はいけませんよ!」
「うん……。明日も強制的に休みにされたから溜まった補習とか遅れてる授業とか気になるけど……」
「そこは榊さんのノートの出番ですね!」
「誇らしげだ……」
胸を張る白鈴はきらきらと輝いて見えた。
「羽鶴様、白鈴、お月見団子がありますよ。お茶と一緒に如何です?」
「はーい。朝日も呼んできますね。では羽鶴さん、また!」
白鈴はぱたぱたと駆けて行って、後ほど朝日とやって来ては皆でのんびり会話しながらお茶と団子を頂いたのであった。
「なんだ鶴、起きたの」
「羽鶴様、お加減はいかがでしょう……?」
「大事とって明日も休むってよ。虎雄がもう手配しちまった」
「まあ、それが宜しいかと! そうです羽鶴様、今宵はお月見なのですよ。多少雲が出そうですが……これからお支度しなければ」
「きょうサボったよいのしんのかわりに準備したわたしの気持ちをひとことで……」
「香炉に感謝」
「なぐろう……」
あれやこれやとじゃれ合う板前が厨房へ消え、見送った大瑠璃が羽鶴へ視線を戻す。
「夏馬の奴にも団子を持って行ったんだけれどあいつその場じゃ食べなくてね。夜に食べるって言い張ってなんか変だったよ。食べればいいのに」
「緊張してそれどころじゃなかったんじゃない? 喉を通らないっていうだろ」
「ちゃンと供えてから食べたかったンじゃねぇのか? あンま気にするこたねぇよ」
「そう? 食べるならいいのだけれど」
「ところで飯は食えそうかー? 一応少なめに粥は作ってもらったンだがよ。少しだけでも食わねぇと」
「これだけ人の話が聞けるなら食べれそうじゃない? まぁ、ゆっくり休みなよ」
「うん、なんだか食べれそうな気がする。ありがとう、二人とも」
ぼんやり粥をいただいて、部屋へ行った大瑠璃と厨房の手伝いへ行った雨麟を見送り更にぼんやりしていると、襖の横できょろきょろと白い髪がふわりと行き来している。声をかけようか迷うも、人がいないことに安堵した白髪はすすす、と羽鶴の隣に腰を下ろした。
「羽鶴さん、羽鶴さん、こちらは秘伝の一口団子です。食べると元気が出ますよ。決して怪しいものではないので皆が来る前にどうぞ……!」
「怪しい」
「ええええ! 本当に怪しくないんですってば! 内緒じゃないと効果がないんです……! ささ、どうぞ……!」
「今すごい言ってる気がするんだけど。ありがとう、いただきます」
ぱくり、一口で食べるやなんてことはない普通の団子なのだが、柔らかな甘味が体に染みる。
白鈴はふわりと微笑んで、もぐもぐと食べ終えた羽鶴を見つめた。
「必ず良くなりますからね」
「うん……? 白鈴、一体どうして……」
「それは羽鶴さんが心配だったからです……! うふふ、羽鶴さんはゆっくりした感じがして良いですね。籠屋や移ろいは忙しないのに、ゆっくりとしていて。……」
白鈴は言葉を飲み込んで、続ける。
「羽鶴さんは今呪われかけています」
「はぇ」
「でも本筋の方じゃないので傷は浅いと言いますか……影響は少ない方だと言いますか……嫉妬の類です」
「引き寄せ刀かあ……超絶しつこい……」
「まったりな羽鶴さんを呪うだなんておこです! 白鈴は怒りました! なのでお団子で対策です!」
「籠屋ってなんでこうオカルトに詳しそうな人たちが集まってるんだろう」
「自然とそうなりました!」
「なるかなあ普通そうかなあ」
「ほら、元気が出てきたでしょう?」
「あ、ほんとだ少し喋れてる……」
「ふふ、一安心ですね。無理はいけませんよ!」
「うん……。明日も強制的に休みにされたから溜まった補習とか遅れてる授業とか気になるけど……」
「そこは榊さんのノートの出番ですね!」
「誇らしげだ……」
胸を張る白鈴はきらきらと輝いて見えた。
「羽鶴様、白鈴、お月見団子がありますよ。お茶と一緒に如何です?」
「はーい。朝日も呼んできますね。では羽鶴さん、また!」
白鈴はぱたぱたと駆けて行って、後ほど朝日とやって来ては皆でのんびり会話しながらお茶と団子を頂いたのであった。